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2013.03.12

かたちのないかたち

展覧会のお知らせ。
「かたちのないかたち」
遠藤章子さんと柵瀬茉莉子さんによる展示。
GALERIE PARISにて。
明治44年に建てられた日本で一番古いオフィスビル、横浜の三井物産ビルに入るギャラリー。
2013年3月18日(月)-23日(土)

遠藤章子さんは、昨年修了し筑波大学で特任研究員として硝子の研究を続けている。
柵瀬茉莉子さんは、木工を修了した後、作家として活躍。
そして、BankART Studio NYKで開催する「UNDER35」にも参加。
こちらは、2013年3月22日(金)-4月14日(日)
35才以下のアーティストによる個展のシリーズ。
卒業生ががんばっているとうれしい。

2013.02.26

音と声

CRプロジェクトでの映画上映「音と声」。
2日間で6本の映画を見る。

2月16日(土)
『この空の花』
監督:大林宣彦(2011年/日本/160分)

『音のない3.11 〜被災地にろう者もいた〜』
取材・撮影・編集:今村彩子、渋川和憲(2011年/日本/23分)上映後監督手話によるトークショー開催 ゲスト:今村彩子

『相馬看花』
監督:松林要樹(2011年/日本/109分)

2月17日(日)
『なみのおと』
監督:濱口竜介、酒井耕(2011年/日本/142分)上映後監督トークショー開催 ゲスト:濱口竜介、酒井耕

『槌音』
監督:大久保愉伊(2011年/日本/23分)上映後監督トークショー開催 ゲスト:大久保愉伊

『核の傷 肥田舜太郎医師と内部被爆』
監督:マーク・プティジャン(2011年/フランス/53分)

映画の上映をはさみ、監督のトークショーも3回行なわれた。
大変貴重な時間をすごしたが、学生の参加が少なく残念。

「なみのおと」がとても印象深い映画だった。
トークショーで監督のお話しを聞く。
被災地を初めて訪ねたとき、これまでの見てきた報道などの映像と自分の感じた印象が違うということだった。
そのズレを、監督なりに補正して、自分の感覚と擦り合せている様に感じた。
というより、そのズレに焦点を当て表現していた。

ドキュメンタリー映画の中に登場する被災者から聞こえたのは「故郷」という声だった。
言葉にならないなにかを表現しようとして、考え、出てくる言葉が「故郷」という声。
みな恥ずかしそうに、「やっぱり故郷だからな」と言う。
震災直後の消火作業や捜索活動に力を注いだ地元の消防団は、やっぱり地元の事だから俺たちがやるしかないと言う。
「義務感というと恥ずかしいが、消防の仕事をがんばるのは義務感かな」この義務感は故郷を表している。

人にとっては、祭りが故郷であり、仕事が故郷であり、食が故郷であり、川が故郷であり、家が故郷になる。

近所のおじいちゃんに叱られたこと、山菜採り名人から山菜をもらったことが故郷になる。
ちょっとのおせっかいが、贈り物となって循環する社会。
その社会が故郷にはあった。これからは人と人との繋がりが、故郷になりセーフティーネットになるのかな。

僕が被災者の方々と話すなかで、印象に残っている言葉は、大熊町から会津若松の仮設住宅に移りすんでいる方から聞いた言葉。
「好きなご飯を作る事ができないことが、こんなに辛いとは思わなかった」
震災後、体育館等に避難して避難場所を転々と移り、仮設住宅に入るまでのお話し。
避難所等で用意された食事に満足しなかったという訳ではない。嫌いな物を我慢して食べたという話でもない。
料理するという、生活の中のクリエイティブな活動が制限されたとき、非常に辛い思いをしたという話。

日常のクリエイティブ。
農閑工芸的に言えば「作る喜びそのものに価値がある」。
食べる物があれば事足りるというのではない。
家族の食事を作る。ご飯は、その時にある食材で考えて作る。旬のものがおいしいが、冷蔵庫にある物もうまく使う。
そして、明日、明後日、時間軸の中で食材をうまく使うことをいつも考えている。
多めに作り、明日のお弁当や夕食の副菜に。食材という水平軸と食材を有効に使う垂直の時間軸で工夫する。
すぐには消費できない余剰分は干したり漬け物に。漬ける時は、その食材の状態と食べる頃、を想定して、塩加減を工夫したり、その時の温度や気候、自然の環境を感じて作る。
その土地に根付いた先人の知恵を受け継ぐレシピ。
レシピは生活と密着して、四季それぞれに用意されていながら常に流動的である。そのクリエイティブが、アイデンティティーとなって地域の食文化を創ってきた。
ご飯を作ることの他にも、庭の手入れや掃除、洗濯、買い物。生活自体に数々の「表現」が組み込まれている。
歯磨きや新聞をたたむことも日常のクリエイティブ。
お湯を沸かすことや洋服をたたむことも表現。
ご飯を作るというシンプルな表現すらできない環境は、どれほど人間において過酷な状況であるか、これは想像する事ができなかった。

漁師や畑仕事、様々な仕事に関わってきた人達も住む場所を失い、土地を失い、仕事を失い、会社を失っている。
そこでは、自然に働きかけ、人の暮らしに働きかけ、生産する「作ること」が制限されている。
作ることから築き上げたアイデンティティーの復興に目を向けたい。

2011年5月8日の毎日新聞に掲載されていた海原純子さんの「心のサプリ」。その中でもとても印象深く思い出す記事がある。ずっと研究室の壁に貼ってある。その一部を抜粋して紹介したい。

海原純子 アイデンティティーの復興を:心のサプリ

「ある漁師さんの話を聞いた。80歳を過ぎても元気で漁をしていたその方は、津波で船が流されて、一時は漁を続けることを断念した。しかし、自分には海しかない、と仲間から船を買い、再び漁に出たものの、原発事故の影響で仕事ができなくなった。『漁師が漁ができないのは最低です』。低く語った一言が忘れられない。家、家族、友人、仕事……。震災は、多くを奪った。原発事故でなくした仕事や住居、家族同然の牛や鶏。充分な補償をする、と政府は言う。しかし、お金で埋め合わせられないものがある。それはアイデンティティーだ。漁師、農業従事者、養鶏業をして生きる自分、といったアイデンティティーは埋め合わせできない。漁師さんは、80歳を過ぎるまで漁をして自然と共に生き、社会とつながってきた。日本人は欧米人のように、人生とは何か、と座って哲学をしない。しかし、厳しい自然の中で生き、体を動かして労働するなかで自分らしさを築く哲学を持ってきた。仲間と共に生き、あきらめずねばり強く、他人の足を引っ張らず、他人を羨望しない東北の哲学は、恵まれた都会っ子には真似できない、体で覚えたものである。漁師は、漁をすることで自分らしく幸せに生きられる。農業を営む人は、田畑で米や野菜を育てるなかに幸せを感じとれる。どんなに大変でも、自分のアイデンティティーを持ち、自分らしく生きられることが幸せにつながる。その充足感は、お金があっても買うことができない。」

会津若松の仮設住宅では、駐車場の隙間を下った線路脇のほんのわずかなスペースに鍬を入れ、石ばかりの畑で作物を育てていた。
土と共に暮らしてきた人の魂の風景を見た。
僕が被災地で見た風景は、そこにしかない暮らし。
当たり前の話だけど、そこにはそこにしかない暮らしがあった。

2013.01.31

CRプロジェクトからのお知らせ

久しぶりの更新。忙しすぎる。
CRプロジェクトからのお知らせ。

第1回CR特別セミナーの開催。
株式会社三宅デザイン事務所のReality Lab.をお招きし、『東北、業(わざ)とデザインの融合、そのちから。』についての講演。
日時 2013年2月6日(水) 16:45〜18:15
場所 筑波大学 5C棟 2階 203教室
どなたでも聴講できます。

もうひとつ、同じくCRプロジェクトからのお知らせ。

FUKUSHIMA VOICE関連企画
『AFTER 3.11 音と声』
ドキュメンタリー映画製作を行うプロジェクト、FUKUSHIMA VOICE関連企画として、ドキュメンタリー映画特集上映『AFTER 3.11 音と声』の開催。
日時 2013年2月16日(土)・17日(日) 13:00から
会場 筑波大学 体芸5C棟 2階 203教室
・すべての上映/トークショーは入場無料。
・各日12:30より、会場にて整理券を配布。

詳細はCRプロジェクトのホームページでご覧下さい。

 

2013.01.20

胸にかがやけ!

高円寺のギャラリー工さんにて、「胸にかがやけ!バッジ展」が開催。
大学時代の同窓生や後輩に混ざって妻も参加。
ギャラリー工オーナーの濱田さんご一家は愉しいご一家。
ホームページを見ると良くわかります。
僕も個展やグループ展、その他もろもろで世話になってます。

先週の1/17,18と雪の会津へ。
雪景色を楽しみながら電車に揺られ、漆の芸術祭のフォーラムに参加。
漆の芸術祭には、作家として、また宮原研究室でも積極的に参加した。
芸術祭は、今年度をもって終了。
また新しい事を考える機会ができた。

 

2013.01.07

新年!

本年もよろしくお願いします。
実りの多い年となりますように。

2012.12.26

大掃除

まずはお知らせ。
宮原ゼミ研究生ラリーの新春展覧会。

橋本友理子 個展「春待ち椅子」
2013.1.5(土) – 2013.2.3(日)11:00-19:00
東京は上野のカフェ&ギャラリーモアノさんにて。
春が待ち遠しい冬も良し。

早いもので今年もわずか。
明日は恒例の大掃除。木工室、機械室、廊下、倉庫、畑等々。
子供の頃の大掃除と言えば蔵。寒い木曽では漆の仕事場に土蔵の蔵を使っていた 。
漆の性質から、暖かい環境でないと仕事場には向かない。
標高900メートルの長野県に位置する僕の田舎はもちろん寒い。かなり。
蔵の中は大きなストーブが焚かれて、格好の遊び場だった。年の暮れ、大掃除の日はその暖かい遊び場が一変、広い戦場と化す。
天井をはたき、壁をはたき、障子をはたき、ほうきで掃く。ストーブで沸いた熱いお湯と氷より冷たい水を混ぜて、階段や広い床を必死で雑巾がけ。床は黒と赤の漆で彩られていた。
下地の仕事場、上塗り場、漆風呂の中、研ぎ場、材料置き場。一日がかりの大仕事。
掃除が終わると、漆の定盤の上に漉し器を置き、鏡餅を供えて年を越す。
明日は木粉と戯れる一日の大掃除。そして楽しい忘年会。
今年のうっぷんを晴らしながら身体についたもっぷんをはたく。

 

2012.12.13

器の形は他人が決める

このタイトルについて、前回のブログに書いた。
説明できるか自信がないけど、無理矢理にでも書いてみよう。
器を選ぶ時は感覚で選ぶ。多分、多くの人がそうしていると思う。色、形、質感、重さ等を詳細にそれぞれ吟味して選んだりはしない。
自分の感覚にフィットするもの、所有している他の器と食卓に並んでも綺麗に見えるものを選ぶ。
感覚的でない選び方を考えてみる。
例えば、お椀。
口縁を境に外側と内側の形がある。
外側の形は、食卓に映える形や色であるとともに、持ちやすさが大切になる。持ちやすさとは器を使う人が使いやすいということ。食べる時は手が滑ったりせず、すっと手が添えられる形のもの。
もちろん、配膳したり仕舞ったりする時にも扱いやすい方が良い。仕舞いやすさも大切になる。器は使う時より、仕舞っておく時間の方が圧倒的に長い。
内側の形は、料理を容れる形。
ここで大切になってくるのは、器の内側と外側のバランス。
みそ汁を飲むときに内側の形が深すぎると、器を顔の上まで持ち上げる必要がある。飲み尽くし、ごちそうさま!という食いっぷりの良い感じはでるが、このときの佇まいはそれほど美しいものではない。
器を持ち上げて中の汁が口に入りきる時の器の場所が、食べる人の仕草を作り、その人の佇まいを作る。そしてその仕草の美しさは、他人が決める。
そう、自分の器の形は他人が決める。
テレビでよくダイエットの話題になる。
出演者の男性が、一般的な男性はそんなに痩せた女性は好きではない。なので、ダイエットをする必要がない。と主張する場面に出会う。痩せる必要もなさそうなのに痩せたいと思う女性を見て、男性にもてるためダイエットをしてると思っているようだ。
しかし痩せたいと思う女性は男性の方を必ずしも見ていない。人々の中で自分のあるべき姿を見ている。
他人から見た自分と、自分から見た他人の中にいるスリムな自分をうまく擦り合せたいがためにダイエットをする。
たとえを使って器の話をうまくまとめようと思ったが失敗しそうになってきた。
多分失敗だ。
器を選ぶ時は、他人から見た自分の仕草が、自分の好きな型になるものを選ぶ。というのが、器の形は他人が決めるということ。他人とはもう一人の自分でもある。
器を持つ仕草の美しさには、テーブルの高さや椅子の高さも大きく影響する。元々お椀は、座敷で使うことを前提として作られた。テーブルで使うことを考えて作られた高台の形を選ぶ必要がある。
しかしこれまで、農閑工芸のありかたについて「ありもの」でどうにか間に合わすという、造形のあり方についてたくさん書いてきた。そこにあるどんな器でも使いこなして、身体に馴染ませることが大切ということになる。
ということは、他人が選んだ器でも身体の使い方次第で良い器になる。そして、器と一緒に美しい仕草を伴った佇まいを作る。
というわけで、今回のブログは書かなくても良かったということになった。
ごちそうさま。

2012.12.05

PLAY MEAL!

10月から11月にかけて週末5連チャン、会津・喜多方行きの日々が無事終了。週末ごとに内容の濃いイベントが続き、さすがに体力も消耗。
11月10日に開催した「PLAY MEAL!」は、以前からやってみたかった食のワークショプ。
4年生の中村君を中心に総勢11名、農閑工芸プロジェクトとして実施。
喜多方市の地域資源を学生の視点から掘り起こすことが目的のひとつ。今年の6月に大勢でお世話になった雄国竹細工保存会の皆さんの協力を得て、いろんな形のカゴや器を制作していただいた。森姫農園の千世さんには、喜多方の郷土料理であるチマキの菱巻を教わる。
チマキはいわゆる旬ではないのだが、自然の笹の葉がパッケージとなっているチマキを学生と一緒に作ってみたかった。
僕の生まれた木曽では、5月から6月にかけて朴葉巻が作られる。餡を米粉の餅でくるみ、ホウの葉に包まれたもの。我が家の廊下にもこの季節になると朴の葉に包まれた餅がぶら下がっていた。朴の葉は枝の先から放射状にのびる。その葉ごとにひとつの餅が入り、束になって廊下にかけてある。食べたいとき、ひとつもぎりほおばる。バナナのように優れたパッケージ。チマキの笹と同様に香りも良い。
他にも農園で採れた野菜を中心に調理して、様々な具の入ったオヤキも作った。
このワークショップでは地域資源の活用とともに、「食のクリエイティブ」をテーマとした。
2週間前に渡部木工さんでの「製材ワークショップ」で制作した「器としてのカッティングボード」も食のかたちを考えるアイテムとなる。
4年生が中心となって事前に制作した変な形の食の道具も持ち込む。
道具は本来、目的を持って作られる。箸とか、スプーンとか、フォークとか。しかし今回は目的を持たず「道具のような形のもの」を学生と一緒に竹で作ってみた。
見た目に道具のような形をしているもの、特殊ななにかをつかむような形、切れそうな形、うまの耳掃除になくてはならないような形等、竹を削りながら道具のようなもの、何となく道具に見えそうな道具を作っていった。
これは初めての体験で、非常に面白かった。なんとなくであるが、必然の形や説得力のある形を抽象的な思考の中から探し出す。あるとき腑に落ちる良い形が現れる。道具になる瞬間、そこを見極める。でも何に使うかは知らない。ひとりよがりの真剣勝負。
そして、「PLAY MEAL!」本番。前日から会場となる「漆座」の空間を作り込んだ。竹細工やハタガネを活用した棚。菱巻がぶら下がる暖簾。
事前にシルクスクリーンでマークがプリントされた布が参加学生に配られ、それぞれが作ったエプロン。それに身を包む学生。
すべて農閑工芸の手法を使って、ライブのように遊びながら作り上げた。僕も身近な資源を活用して、エプロンを制作。我が家には洋服を作る妻がいて、大きな工業用ミシンがリビングでどっかと座っている。というわけで妻に作ってもらう。身近な資源の活用。
100人分のおやきとチマキを仕込み、書ききれない程の料理も準備しPLAY MEAL!スタート。
来場者が、できたてのおやきとチマキをカッティングボードと道具のような竹で工夫しながら食べる。
今回は食から器を考え、器から食を考える事が狙い。器を作る作家は、器の形にばかり固執してしまう事がある。まだ、作品数が少ない学生も、自分の表現ばかりに目が向いてしまう。やはり器の形は、食事の中から考えることも必要。
このワークショップでは、食事の作法自体を遊びの中から生み出したいとも考えていた。
使い方の分からない道具をどうにか使って食べる。遊びながら食べるうちに、何となく作法的なものが生まれると面白そうだなと。その作法から、例えばおやきの大きさが決まってきたり、作法から食が規定されたり、道具から調理方法が決まったりと、物と事の中間から食事を捉える機会を作りたかった。
これは、普通の木工の仕事とは方法が異なる。作る物を考え、スケッチして、模型を作り、図面を引いて材を刻む、といった制作方法ではない。また、料理を作り、料理が映えそうな器を選び、配膳するといった食事方法でもない。もっと粗野なものだが、このワークショップでは、食事や器について自由に考えられるきっかけを求めた。きっかけなので、新しい食事の方法を考えるとか、新しい器の形を考えるとか、結果を求める物ではない。あくまで、自由な考えが生まれる場としたかった。
100食を目指して用意したので、肝心の食で考える器、器で考える食について遊びながら考える時間が十分に取れず、残念。というのも、うれしい事にこのイベントへの参加者が多く、学生は大変な作業量となった。今回の「PLAY MEAL!」を通して器を考え直すきっかけは得られた。ひとつ自分なりに発見できたことは、器の形は他人が決める、ということ。と書いただけではなんにも伝わらないと思うので、今度書いてみます。

そして、夕方より僕の器と遠藤さんの器に郷土料理を盛りつけた「器の蔵」をいつもの大和川酒造で開催。これもすごかった。

2012.11.30

CRAFT EXHIBITION

筑波大学クラフト領域の学生が主体となって開催するクラフト展が始まります。
早いもので6回目になります。
12月1日から7日まで。総合交流会館にて開催。
今、搬入が終わり明日のオープンを待つ。
喜多方での「PLAY MEAL!」と「器の蔵」が終わり、ブログを書く間もなく、翌週会津若松市内の仮設住宅でイベントを行い、それについても書く間もなく、翌週また会津へ。
「会津・漆の芸術祭 」のシンポジウムとクロージングパーティーに参加し、作品を搬出。と、思ったらまた展覧会の搬入。
今日のところは、クラフト展のお知らせまで。
学生の皆さんお疲れさま。

2012.10.31

三日月湖の木の船

「喜多方を、食事会を、遊ぼう!」に向け喜多方で製材ワークショップを開催した。
研究室イベントはいよいよ本番を待つ。といっても待ってても何も起こらないので、11月10日に向けて料理、器、空間の作り込みが本格的に始まる。
ワークショップの前日、27日に講演会やイベント会場のリサーチを済ませて泊まった大川荘は、喜多方の町中から車で20分程山に入り、少し下った所にあった。
農家を営みながら、近くのひっそりとした三日月湖に貸し出し用のボートを浮かべている。
おいしい朝食をいただいてから散歩。
すぐ裏にクワの木が並んでいた。養蚕用に育てられていたクワの木が大きくなっている。横の斜面には漆の木が植えられてあった。漆を掻き取った跡の残る木も。そして畑には白い綿が顔を出し、畦道には拾ってきたクルミの実が集められていた。
さすが農閑工芸の本場。
細い砂利道を三日月湖まで下る。
深い森と林に囲まれた、静かな朝の湖面に鷺と鵜が飛ぶ。
今となっては珍しい釣用の木の船が20艘ほど岸に。
垢取りと呼ばれる、船に入った水を救い上げる道具も船に置かれ、船と同じスギで作られていた。
この垢取りは各地の博物館や資料館で見る事ができる。
簡素で面白い形が見られ、そのバリエーションも豊富。
沖縄では、刳物の美しい垢取りをたくさん見た。駒場の日本民藝館にも陳列されている事が多い。
木の船を見ていて、冬になったら船はどうするんだろう?ふと思った。
氷のはる湖面に浮かべておく事はなさそう。
普段水につかって安定している木の船を水の外に出したら、木は割れてしまう。としたら?
宿に戻って聞いたら春まで湖に沈めておくと言う答え。
春になったら湖から船を引き出す。
なるほど。
地元の船大工さんが廃業したので、木の船を作る人も修理する人もいなくなってしまったらしい。船大工さんの持つ技術や道具は特殊なものなので、今ある木の船が無くなってしまえば、木船が浮かぶ三日月湖はなくなる。
楽しい一晩を過ごした研究室一行は、製材ワークショップのため渡部木材さんへ向かった。
渡部さんは80才を過ぎてまだまだ現役。大きな木材をフォークリフトで動かし、機関車のような製材機を操る。
しかもお洒落。
コラムシフトのベンチシートのブルーグレーの木材配達用のダットサンに45年乗り続け、ボルサリーノの帽子を愛用する。戦前の三越の帽子ケースが事務所に座っていた。
製材ワークショップでは、製材から加工までの作業工程を身体で感じる事が目的。
素性の良い大きなキハダの木を製材してもらった。キハダ独特のパリパリした木の肌と静かな木目が現れた。
テンションが上がる。木が欲しくなる。我慢する。
4年生の福島さんは卒業研究のための木材を吟味して購入。
ホウの丸太を製材し、その木を使って制作したのは「器としてのカッティングボード」。
本番のイベントで活躍してくれる。
渡部さんから木材のことやお洒落のことを教り、いつもの平出竹店で梅干しとお茶をいただき、雨の中つくばへ戻る。
平出竹店さんの髭は20cmはある。そして渡部木材さんの髭は10cmほど。
平出さんは渡部さんのことを髭さんと呼ぶ。