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2017年07月 アーカイブ

2014.07.31

おおくまつくば夏祭り2014

8月10日(日)に「おおくまつくば夏祭り」が開催されます。
丸太で組んだ巨大な櫓(やぐら)を中心に、大きな熊の御神輿、様々な屋台が建ち並び、夜には盆踊りも行われます。
城北に住む方々との交流も3年目。
現在、19名の学生がお祭りの開催に向け汗を流しています。お祭りの日は、僕もかき氷で暑い夏を冷やします。
お近くにお越しの際はぜひご参加ください。

「おおくまつくば夏祭り」
日時:8月10日(日) 15時〜20時
場所:会津若松市 城北小学校北応急仮設住宅

詳細はこちら。

 

 

2014.07.09

『いわきノート』MOVIXつくば上映

これまでも東京や大阪で上映されてきた、CRプロジェクトとUPLINKの制作による映画『いわきノート』が7/12(土)〜18(金)まで茨城県つくば市のMOVIXつくばで上映されます。
今回の上映は「英語字幕付き」。
留学生や外国の方でも安心してご覧いただけます。
この機会に是非。

『いわきノート / FUKUSHIMA VOICE』
場所:MOVIXつくば(つくば市研究学園)
日程:7月12日(土)〜7月18日(金)
時間:14:30〜 / 19:00 1日2回上映
料金:一般1000円 学生以下800円
前売り券:一般900円 ※前売り券は劇場窓口にて販売

詳細はこちら。

2014.07.04

クバ

6月25日、石垣島へ。農閑工芸の研究。
羽田から那覇で飛行機を乗り継ぐ。同行するユイちゃんこと松本さんと那覇の飛行機の中で再会。大学の後輩で、一緒に助手をしていたこともある。現在は本島の南風原の沖縄県工芸振興センターにお勤め。ここは以前の沖縄県伝統工芸指導所。10年程前に、文化庁の新進芸術家育成制度で大変お世話になった。その時はデイゴの挽物を中心に調査した。
沖縄はかつて琉球王国として栄え、日本や中国そして東南アジアを交易範囲とした。異国の文化が行き交う地点でもあった。
デイゴで作られた三足盆という、脚の付いた盆の形に惹かれた。
三足盆は、デイゴの軽さを生かした造形。トチ、ケヤキ、サクラなど一般的に挽物(ひきもの)に使用される木は広葉樹で堅く、重い。デイゴは軽く芯材を使用しても割れにくいため、三足盆のようなたっぷりした食具が作られる。
素材の軽さを生かした形。
沖縄各地の三足盆は、箍物(たがもの)の形を取っていた。箍は桶の部材を固定するためにある。箍がはずれるとは、桶の枠組みが外れ、部材がバラバラになる様を表す。
沖縄で見た三足盆はすべて箍物の形をした挽物であった。そこに箍は必要ないが、わざわざ挽物で木地から作ってあったり、錆漆などの下地漆で盛り上げて箍を表現していた。
桶はヒノキやスギなどの割裂性の高い針葉樹が素材となる。沖縄で松は見かけるが、ヒノキやスギは見かけた記憶が無い。
箍物の形をした三足盆は交流貿易の品を模倣して沖縄で作られた様に思う。それが貿易用か、異国の物を楽しむものかは分からないけど、面白い残り方をしている。

西表島。
つくばから8時間の旅。昼食はゴーヤチャンプルの入ったお弁当とサンピン茶を小学校の日陰でとる。児童達は二日後の運動会に向け日射しが強い校庭でエイサーの練習。下級生は日陰でそれを見る。一緒になって太鼓や踊りを練習している子もいた。近所の方々の演奏する三線で踊り、太鼓を叩く。
島について30分で沖縄を堪能。
この日はマングローブの森やスオウノキの木を見ながら島を散策。そして、クバをはじめ島の植物素材から様々な物を作り出す星さんのお宅へご挨拶。26日、27日と星さんのご指導のもと実際に様々なものを作りながら調査する。

今回の目的は、主にクバを素材としたもの作りの調査。クバは、ヤシ科の常緑高木で和名ではビロウ(蒲葵)という。これぞ南国という佇まいの木である。草木を素材とした造形は様々である。建物から糸まで。
様々な素材の中でもクバの活用範囲は広い。食材でもある。クバが生える場所に住む人にとって、衣食住のすべてに関わる大切な素材であった。少し長い文章だけど、福島県立博物館での展覧会図録「樹と竹 -列島の文化、北から南から-」よりクバについて引用する。

クバの民具
 
 琉球列島の聖地を一般に「御嶽」という。天降りする神の常在する場所と考えられている。日本の杜・お山信仰の古い姿をとどめているといわれている。神木とされる木がクバ(ビロウ)やマーニ(クロツグ)のヤシ科植物である。御嶽の名を「コバウの嶽」「コバウの森」というのが各地にあり、神名を「コバツカサ」という記録が見られるのでも重要な植物であることが分かる。
 これらのヤシ科植物は、東南アジア・台湾から琉球、さらに九州の沿岸や四国の太平洋、伊豆諸島に分布する。それが琉球の島々で神木とされ、御嶽に叢生して愛護されたのには、いくつかの理由がある。クバの木は成長すると天高く伸びて、天降る神の依代になると考えられる一面がある。その説を否定しないが、筆者には他に理由があると考えている。古代からその植物の利用度の高さにその秘密が隠されていると考える。クバは幹の高さはおよそ15メートル、直径30〜50センチに達し、葉は掌状で先端が下垂する。葉の直径が1〜2メートルもある。琉球の島々でいうクバ、コバの語源は「堅い葉」からきたのであろう。
(中略)
 クバは建築用材になる。幹は堅いので柱や床に、葉は茅葺き材や壁材になる。民具の素材としては万能で、柄杓やつるべ、みの、笠、団扇などを作る。青葉でつくった鍋を使用したのは与那国島である。かつて同島では、遠くの田仕事に出かける際は鉄鍋を持たず、味噌だけを持参して行き、田の畦でお湯を沸かしたり味噌汁を作ったりしたのである。その作り方は、若木の葉を刈り取って伏せて葉の端を取りまとめ、葉柄と一つにくくり付ければ出来上がりである。つるべも同様の作り方である。
 屋根葺き祝いの料理や弁当を包むこともあった。ユーナや月桃や芭蕉の葉も包装用である。植物の大きな葉をカーサというのは、もともとカシワ(柏)からきたといわれ、クバの葉はカーサの代表的存在であった。それは料理や弁当を包むだけに限らず、夏の磯に自然にできる粗塩を掻き集めて包んで吊るし、ニガリを除く際にも用いた。クバの葉の中には小さな骨があって、その骨を集めて束にしたものは土間箒として、あるいは蝿たたきとして用いた。
 与那国でクバの床板を見たことがある。竹富町の資料館では、幹で作った六尺棒を見た。舞台芸能用として軽くて扱いよかったという。また、八重山の島々や奄美大島では、中をくり抜いてつくった甑が使われていた。箱状や樽状の蒸籠が作られる以前の甑と考えている。甑では強飯を蒸し、味噌の原料や麦や豆などを蒸しており、生活に直結したものであった。
 さて、これらの民具が現在も使われているモノは少ない。クバ笠は、伊平屋島、久米島、与那国島などに現在も見られ、最も利用されている分野であろう。クバの葉を中央から2つに裂いて半月形につくった団扇もまだ見られる。 
(中略) 
 クバの芯は、食材としても重宝された。若い木は繊維が少なく柔らかい。豚肉汁に加えて煮ると、肉汁のダシがしみて美味である。台湾の原住民が藤芯を食用にするようなものである。久米島では、屋根葺き祝いに山野に自生するクバの芯を煮付け、夕方の肴に加えた。揚げ豆腐・昆布・豚肉・天ぷらなどに混じってクバの芯があるわけだが、これがあるとないでは値打ちがちがう。そしてこれらの料理を丸く包むのがクバの葉である。夕方、屋根葺き祝いに酒をつまみにし、あとは家へのおみやげにした。

上江洲均 「タケ・クバ・カヤの民具 -奄美・沖縄・先島-」『樹と竹 -列島の文化、北から南から-』 福島県立博物館・鹿児島県歴史資料センター黎明館編、2007年、107-108頁

クバは生活に欠かせない素材だった。
星さんも海岸でタコを獲り、クバの鍋で食べたという。落ちて枯れたクバの葉でイノシシを焼く、これも美味とのこと。
10年程前、沖縄でクバの団扇を購入して使っている。そして、博物館や民芸館で見た釣瓶の造形に感動。
10年の時を経て、自然のプリーツを持つ大きな葉を採取し、釣瓶(つるべ)と柄杓、団扇を実際に作る機会に恵まれた。

26日の早朝、すぐ近くの美しい浜でひと泳ぎしてから、星さんの工房へ。
工房には、クバの他にも山から採集された素材が並ぶ。
細く裂かれ乾燥中のゲットウ、それを編んだ縄、クロツグ、クバ、アダン、アダヌシ、サンカクイー、ヤブレガサ、バショウ、稲ワラにススキなどなど。他に種やサンゴもある。
クバ細工の前に稲ワラでほうき作りを教わる。
ここ西表島では、稲刈りが終わったところ。日本は長い。
僕らの訪問は稲刈りが終わり、二期作の田植えが始まる間の期間。日射しが強いため、農作業は日が登る前から始まる。日中は避けて日が落ちる頃から再開するという。
東北では、農閑工芸は冬の仕事。ここ沖縄では、日中の日射しを避ける時間の仕事かもしれない。
稲刈りが終わったばかりなので、柔らかいワラが用意されていた。稲ワラから一本ずつ芯材を取り出してほうきを作る。
日本海側、佐渡で作られる箒に良く似ている。
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ほうきの後は、いよいよ裏山に入りクバを採集することに。
採集から造形までの一連の流れを体験する事の大切さは、ほうき作りの時に体感した。
山に入る前に、ジュガヤの草でお守りを作る。これは子供が生まれ、初めて外に出る時のお守り。初めて島に入るとき、山に入るときなどにも作る。特定の草ではなく、結び方が決められている。
裏山と言っても、一歩でいきなりジャングル。里山なのだが、里山のイメージはない。猛暑のなか長袖、長ズボンで山に入り、鎌を持って進む星さんの後に続く。
芽が出てから2,3年、葉幅が60cmくらいの若いクバを採取。これは団扇用。大きな葉も採り、釣瓶用に。
途中、クワズイモで鉄砲遊びをしたり、クロツグでハブや刀の玩具を作ってもらう。ソテツでは虫かご。茅葺きの固定や編み物に使うトウヅルモドキを裂いてみる。裏山は自然素材の宝庫。点在する御嶽を巡りながら素材と遊ぶ。
木の根元に亀も発見。天然記念物のセマルハコガメ。

長くなってしまった。
続きは、「農閑工芸」のページにまとめます。

 

2014.07.03

むかしの手ぬぐい展

以前、つくば市北条にある国登録有形文化財「矢中の杜」から修復の依頼を受け、震災により痛んだ階段の踊り場の壁に拭き漆を施しました。
学生に教えながらの修復でした。
今回は矢中の杜さんからのお知らせです。

「むかしの手ぬぐい展」

矢中の杜 つくば市北条94-1
7月19(土)、26(土)、27(日)、8月2(土)、9(土)
各日11:00-16:00

古き良き昭和の時代に、まちなかで盛んに配られた手ぬぐいを集めての展覧会です。

みなさん、是非お出かけください。
詳細はこちら

2014.07.02

展覧会のお知らせ

筑波大学でガラスの授業を担当している五十嵐智一先生の個展です。

「五十嵐智一 GLASS展」
ギャラリー「うつわ楓」東京都港区南青山3-5-5
7月4日(金) ~ 7月9日(水)
東京都港区南青山3-5-5

五十嵐先生のコメント。
「こちらでは、2年振りの展示会になります。ガラスと金属の融合をテーマに板ガラスを用いた作品、錆を施したガラスを展開します」
詳細はこちら

2014.07.01

八重山諸島へ

6月25日から29日にかけて、西表島と石垣島、そして竹富島へ。
科研費による「農閑工芸の研究-軟質文化の造形から-」のスタート。これから4年間かけて行う。
東北を中心に樹皮文化について、沖縄の八重山地方を中心に草木文化について調査する。
「軟質文化」は聞き慣れない言葉と思う。以前のブログに書いたので興味のある方はこちらをご覧下さい。ちょっと長いけど。
ここには軟質文化から、農閑工芸を考えるきっかけになった民俗学者宮本常一の言葉が引用してある。
農閑工芸というと、稲ワラを素材にした造形を想い浮かべる。ただ、稲作以前からその造形手法は日本にある。
稲作以前の造形に焦点を当てると、身近な植物が素材となっている。造形という観点から、軟質文化を見てみる。そのことによって、農閑工芸の原点を見ることができると考える。
農閑の農は仕事、閑は暇。暇は遊びの時間とも言える。農閑の期と戯れるものづくり。
てまひま・手間暇・手間隙は労力と時間。手間隙の言葉には、仕事を楽しむ時間も含まれるように思う。
作ることを楽しむこと。作ると物が出来上がる、といううれしさ。その他に作る行為自体の価値がある。
これら日本の自然を背景とした造形の研究は、これから必要とされる時がある、と思っている。
西表島での詳細は、次のブログや農閑工芸の研究のページで紹介していきます。
写真はクバの釣瓶(つるべ)。井戸水を汲み上げるために使ったもの。
ジャングルな里山にてクバを採り、葉一枚から一つの水の器を作る。縄を編み、海岸の珊瑚を拾い重しにする。
西表島にて制作。

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