トランプ
とっても暇な大学生の夜。
小松君とトランプ。トランプなど普段したことないが、暇な大学生の夜はトランプで遊べとささやく。
先にあがるのはいつもこっち。
なぜか。
小松君は計算してない?
哲学を学ぶ小松君はあまり計算を好まない。
というか計算とかは基本的に放棄していた。
聞いてみるとやはり小松君は数字を眺めていただけ。
ゲームであがっていても手元のカードの計算をしないのでゲームにならない。なのでこっちが勝ってしまう。
そりゃそうだ。
負けようもない。
トランプする事になって、ゲームは始めるのに、そのゲームにはどうして参加しないのか。
一応楽しそうにカードを引いたりしてる。
僕のためを思ってのトランプごっこなのか。僕はそんなに暇そうなのか。暇だけど。
まさかお互いのカードのやり取りを通じて、お互いの優しい気持ちを交換する儀式がトランプゲームだと思ってるわけではあるまい。
相手が相手をしてくれないゲームほどつまらないものはない。
お人形さんにカードを配って持たせて対戦しているような不毛なゲーム。まだお人形さんだったらしょうがないから諦めもつくし、ほんの少しクリエイティブな感じもある。
でも目の前にいるのは小松君。しかも身長187cmもある大きな人。
神経衰弱にゲームをチェンジ。
とっても暇な大学生の夜。
ゲームスタート!
小松君に加え僕も衰弱。全然盛り上がらない。つまらない、というかつらい。
神経衰弱の神経が衰弱する夜。
このゲームは集中力や持続力を必要とする。うだうだしている夜の暇な大学生には持ち合わせていない気力が必要。
もっと直感!インスピレーション!その場的!なゲームでなければ盛り上がる事ができない。
そこで神経が衰弱しない神経衰弱を考えた。まず1枚、2枚とめくる。ここまでは同じ。
揃っても揃わなくてもひいた後に全部をかき混ぜる。そしてめくる。そして混ぜる。
直感とインスピレーションと霊感がたよりの神経衰弱ならぬ神経覚醒!
カードに手をかざし、カードが発する気を受け止め、揃いのカードを引き当てる。
一期一会の出会いを引き寄せる。
これは盛り上がった。計算や集中力はいらない。テンションあげてそろいのカードをめくるのみ。
ただ持久力は必要。けっこう終わらない。いや全然終わらない。疲れた。もういやだ。真剣衰弱。
ゲームにはルールがあり、そのフィールドで遊ばないとゲームにならない。
ただ、自分や相手があってのゲーム。楽しめるフィールドが無い場合は作れば良い、ということになる。
子供の頃の遊びはほとんどこんな感じの楽しさを含んでいた。その場でルールを決めて、未完成なルールの中で楽しさを探す。
独特な空気感を持った遊びの時間だったことを思い出す。
必要なものはクリエイティブな考えだろうか。
それとも、とっても暇な大学生の衰弱した夜だろうか。




