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2011.12.13

お知らせ。

本日より筑波大学アートスペースにおいて、個展「記憶の記録」がはじまりました。
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/kosei/info/2578
少し落ち着いたらこのブログで展覧会のタイトル「記憶の記録」について、いろいろ書いてみたいと思います。とりいそぎお知らせまで。

2011.12.03

おいしい器のことはじめ

お知らせするのを忘れていた。みやっちの展覧会開催中。
『宮下智吉 漆の器 個展 -おいしい器のことはじめ-』
12月7日まで。
寡黙に器をつくり続ける漆芸家。みやっちには大きな仕事や個展等のときいつも助けられている。
なぜか僕の展覧会の前に個展をぶつけてくるので中々いくことができない。
ギャラリーは蔵前にある中川ちえさんのin-kyo。http://in-kyo.net/から「いんきょ日記」へ行くと様子が分かります。ちえさんには以前、大学までお越しいただき楽しい講義もしていただいた。エッセイストとしても活躍中。

2011.12.01

12月雨

寒い雨がしとしと、しわすあめ。
先日行なわれた福島県喜多方市での「LIFE!まつり」は無事終了。
極小スペースでの明和電機さんのライブはとってもレアなステージとなった。ところせましとぎゅうぎゅうに配置される楽器達。まつりの様子はLIFE!のホームページのほうで見られるようになると思います。
使われなくなった小学校を宿泊施設として使わせていただき、夜は大打ち上げ大会。学生やOBの明和電機さんTHEパーティーさん、喜多方の方々、福島県立博物館の川延先生や小林先生など総勢70名を超える人数。学生は準備よくDJ・VJの機材をセットし盛り上げる。踊る学生さん。体育館に積まれた布団にダイブして埋まる学生さん。いろいろ。

福島からつくばにもどり、3日後再び会津若松の福島県立博物館へ。「会津・漆の芸術祭2011 – 東北へのエール」クロージングイベントとしてのシンポジウムに逢坂先生と参加。来年度のプロジェクトについて考える事がたくさん。

12月6日(火)から11日(日)にかけて筑波大学総合交流会館にて「クラフト展」開催。詳細は筑波大学芸術のホームページにあります。

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陶磁、木工、ガラスの学生作品展示。早いもので5回目となります。はじめの頃は空間が目立ちましたが、最近は展示場所に苦労するくらい作品が充実。
5回目という事で茨城県陶芸美術館館長の金子賢治先生をお呼びして特別講評会も開催。12月8日(木)14:30より会場にて。参加は自由なので出品していない学生もぜひ。
そして、僕の展覧会もせまる。せまってほしくない。でもせまってくる。
クラフト展に出品するラッコの原ちゃんへ「作品まにあうの」と聞くと「先生、時間がないのでどうなるか分かりません」との答え。「時間は関係なし。良い結果を期待する。」と先生らしい発言。
しかし、この場で撤回します。しょうがない。そういうこともある。うん。
と、いうわけにはやっぱりいかない。
夏に体調を崩し、昨年から準備していた木と漆を素材とした作品はあきらめた。
それほど時間のかからない漆の仕事もあるが、予定していた作品はとても日数のかかるもの。このブログ「カレーとラーメン」なんかを自分で読み直したりしながら作品のプランを練る。
これまでになかった表現を取り入れながらただいま制作の真っ最中。
こちらは12月13日(火)から年をまたいで2月4日(土)まで。展覧会名は「記憶の記録」。

2011.11.15

LIFE!まつり

福島県喜多方市で行なわれる「LIFE!まつり」の開催がもうすぐ。学生のブログが充実しているのでこちらのページを是非ご覧下さい。
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~life/life_blog/
wordpress/
11月11日に、「会津・漆の芸術祭2011ー東北へのエール」喜多方会場三十八間蔵に学生の作品を搬入。その会場横の空き地がまつりの開催場所。総勢55名の学生が参加。明和電機さん、THEパーティーさん等の卒業生のライブもあり。
TOKYO DESIGNERS WEEK 2011が終わって一息ついたところですが学生の皆さんがんばって下さい。
僕は12月の個展に向けて製作中。
木、漆、ガラス等の立体作品の他、初めて写真を発表します。詳細はまたいつかのブログで。

2011.11.10

ホカホカさん

僕はよく料理をします。料理の他、仕事がら木と漆の器も作ります。
まな板も製材して鉋をかけたもの。まな板は、ただの板なので傷んでくると削り直す。よく使うヒバのまな板はだんだん薄くなってきた。他のはヒノキやヤナギ等。普通は汚れてきたら新しいものに替えるのかな。
なんと包丁も自分で。鋼と地金を鍛接して火造り。成形して焼き入れ。研ぎ付けて柄を仕込む。
器は自分で使ってしっくりとくる形か、とか使っていくうちの経年変化を楽しみながら確かめています。使う事から学ぶ事はとってもたくさん。

よく料理をするとはいっても冷蔵庫にあるもので、とりあえず何か作るくらい。このときのクリエイティブが楽しい。
焼くか炒めるか煮るかそのままか、なんとなく自信がないまま味付けして出会った事のない素材がひとつの器でホカホカする。それほどおいしくなくても、それほど期待されたホカホカさんではないので、とりあえず満足。
農閑工芸の定義付けとして考えたい「作る喜びそのものに価値がある」とは、このような事かとも考えます。
あらかじめ吟味された食材を用意して、確かなレシピに従い丁寧に仕上げて行く楽しさもありますが、ありものでどうにかしてしまう楽しさ。これも加えてみようとか、やっぱやめようとか。なにか手にもって考えている状態。
経験と想像の真ん中の宙ぶらりんのものを、宙ぶらりんのまま持ち歩く状態。ここにありもので作る心の動きの面白さがある。

僕の仕事の漆芸や木工は、どちらかというと前者になります。木工であれば材を用意して、丁寧に乾燥させ図面通りに加工する。これを繰り返して経験を積むことで木を扱う技術を獲得していきます。
無事に会期の終了したTOKYO DESIGNERS WEEK2011に出展した作品は、そのようなものではなく「ありもの」でどうにか、行きあたりばったりで作りあげるというもの。
作品の素材となったのは台風16号によって落とされた木の枝。つくばの恵まれた環境では4tトラックで運ぶくらいの量はすぐ集まる。
とりあえず集めた目の前の枝を素材として、何かをてきとうに作りながら、なんとか捕まえたイメージを逃がさないように、何かを作り込んで行くようなアプローチ。今回はグループワークで、個の作品が全体をつくり、全体から個の作品が形になる展示。ここに新しい面白い可能性を見つける事ができた。
もうひとつ、今回の作品制作の隠れたテーマとして「鳥がつくる巣」。鳥が移動できる範囲で集められた枝や草。必要以上に作り込む必要のない造形の巣。鳥が中に暮らす事ですごしやすい形が作られる。
頭で作られ頭で調達された素材、どこでどのように作られたかよくわからない素材に囲まれる僕たち。学生の作った作品からは、なんとなくなにかは見てくれた人に伝わったと思います。なんとなく。
農閑工芸は「作る喜びそのものに価値がある」という考え方のほかに「ありもの」でどうにかする、というような定義付けも考ていきたい。木杓子やカゴ、箒などは作る時わざわざ遠くのほうから素材を持ってくるという事はありません。もともと車のない時代から作られてきたものなので当然ですが。そうなると近くにある手に入れやすい素材を調達する事になります。
樹皮や木材、竹など、いつの季節に素材を手に入れどのように加工すると人の用となるものができるか。たとえばヤマブドウ等の樹皮等は葉を付け水分をたくさん吸い上げる初夏から採り始める。樹皮を木部から採りだしやすいため。自然のものはあらかじめ作り手の人間の事を考えて用意されたものではないので、人が自然に合わせて手を加えていく事になる。
あるものは食料になり、工芸品の素材となり、燃料となる。またあるものは、染料になり薬になる。
このような自然を相手にするしなやかな思考から生み出されたものはとっても好き。オーラというか見た瞬間にわかる。
火傷したら熊の油を塗り、風邪をひいたらマムシ酒、またまたカエルの胃を煎じてのむ。いったいいつの時代?と思われそうだけど僕の子供の頃はそうだった。標高900メートルの木曽に住んでいた小さなミヤハラ。
自然の素材を扱う技術は、細々ですが今でもしっかりと受け継がれる。今までも色んな地域でものが生み出される場を訪ねた。これからも学生を連れて多くの場所に行きます。ものの作られ方を丁寧に調査することはもちろんですが、ものが作られている場の空気というのは独特で魅力的。
ものが作られるという事だけではなく、その背景にある人間と自然との対称性、それをとりもどす何かを生み出す事ができないかと今は考えている。

2011.11.05

アレクセイと泉

10月31日にデザイナーズウィークの搬入が無事終了。学生の皆さんご苦労様。
翌日の11月1日から4日にかけて会津若松と喜多方。福島県立博物館では佐々木長生先生への農閑工芸の調査についてのご相談の後、関係する様々な資料を拝見させていただく。喜多方では郷土民族館や平出竹店等を見学。今後の調査対象を絞り込む。そして会津・漆の芸術祭2011。会津若松や喜多方の町中に点在する様々な作品を見て回る。もちろん「LIFE!」の展示も。
11月3日夕刻から大和川酒蔵北方風土館昭和蔵にて、映画『アレクセイと泉』の上映会があり、これにも参加。
本橋成一監督の『アレクセイと泉』は『ナージャの村』とともに、3、11以降様々なところで自主上映会が開かれている。そのおひとりでもある女優の木内みどりさんと本橋監督のトークイベントも上映後に開催。
本橋監督の奥様は、子供の頃からよく知っているというか、実家の斜め前に住んでいたちなちゃん。僕はかっちゃんと呼ばれる。芸大の先輩でもあります。
上映会終了後に本橋監督と木内さん、大和川酒造の佐藤さん、福島県立博物館の川延先生やジャスミン等とご一緒して喜多方の居酒屋で会食。本橋監督から「アレクセイと泉」撮影時のお話やその後の村の様子を興味深く伺う。

出版されている『アレクセイと泉』から。

「舞台は、ベラルーシ共和国の小さな農村ブジシチェ村。深い森を抜けると、静かで穏やかな人々の営みがある。
ここは、1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から、北東に180キロ。政府によって移動勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。残ったのは、55人の年寄りと1人の青年アレクセイだけ。村の名前は地図からも消し去られた。
あの日を境に、村のすべてが放射能によって汚染されてしまった。長い年月人々が耕してきた大地も、そこに育つジャガイモも、きのこが採れる森の中も・・・。しかしそんなブジシチェ村の中心には、まるで奇跡のように、放射線がまったく検出されない「泉」があった。
村人たちはこの泉を「百年の泉」と呼ぶ。大地に降り注いだ雨が地面に湧き出ているというのだ。彼らは長い天秤棒を巧みに操り、この泉から水を汲み上げる。毎日まいにち・・・。
百年の泉は、水汲みの場としてだけではなく、祈りをささげる場として、いつの日も村人たちの心のよりどころととなってきた。」

僕は小説や映画は、登場人物が少ないほど好きになる傾向があります。この映画ではアレクセイを中心に周辺の元気な年寄りたちの暮らしを撮影している。毎日泉から水を汲む仕事、畑仕事、木の伐採、泉の枠の修理、泉での洗濯、労働によりかたち作られるアレクセイの身体、興味深い聖人。いろんなカットが村のすがたを映し出す。
村の人々は、大地から具体的なものを手に入れるべく大地に働きかける。大地は豊かな実りを村人にもたらす。しかし、汚染された地において自給自足で暮らす人々が映し出される世界はとても理不尽なもの。
厳しくも美しい自然の姿をカメラはとらえる。村人のおかれた状況だけが、目に見えない放射能による汚染を伝える。アレクセイはじめブジシチェ村に残った年寄り達の暮らしは、そのような状況のなか淡々とわき続ける泉として映し出されていた。

 

2011.10.30

秘密基地

以前のブログ「カレーとラーメン」でお知らせしましたが、TOKYO DESIGNERS WEEK 2011に学生が出展します。
今、4トントラックに積み込み終了。ほっとしてブログに取りかかっています。
ナリタ君の登場にはいつもやられます。そう、お洒落すぎて。昨年の沼の中からの登場に続き今年はN・Yスタイル。着実に力をつけてます。
これから明治神宮外苑の会場に移動して明日の夕方まで設営開始。ひとつの大きな作品の中にそれぞれの学生の作品が入る面白い構造。作品全体の構想やもろもろのまとめ役はいつもの中尾文哉君+塩満俊彦君。このふたりを含め学生8名+部長アキラさん。昨年、喜多方市にある大和川酒蔵北方風土館昭和蔵で行った能講演の舞台美術でも活躍してくれたメンバーが中心。
作品について学生がまとめてくれたものを以下に。

作品「un-secret base」
秘密基地を作ったことはありますか。
子供のころ、そのへんにあるもので作ったそれは不格好だけどカッコいい自分たちだけの小さなせかい。
私たちはそこにこそ、ものを作るドキドキ感があるのではないかと考えました。  台風16号で落ちた小枝。それを集めて作った基地。 あの頃は大人たちには内緒だったけど 今は私たちの思いを伝える発信基地。

ここからは個人の作品。

赤木 春菜 「magic branch 」
いつもの木の枝、 今日はちょっと違うかも。 枝の先には誰かからのメッセージ、 すこしびっくりしてすこしうれしい。

塩満 俊彦 「color」
枝から生えたいろ。いろづく枝。いろづける鉛筆。

田淵 裕基 「動物インスピレーション」
知っている動物のかたちに見えた枝を集めてみた。 他の人にも同じように見えたらいいなと思って、少し加工した。 枝と動物のちょうど真ん中のかたち。

中村 友貴 「ブランチ・ツールズ 」
その食器たちがもともとどんな格好をして生えていたかを知るだけでブランチもさらに楽しくなると思います。

成田 敬 「sweep 」
そこにあるものを見つめなおすことで新しい形が生まれた。素材に無理をしない自然な形。

福田 藍 「furnituring 」
ほぞを使って継ぐという行為で素材は家具になりうる。

水本 隆朗  「branch case」
枝の一つ一つに何かものを入れられる。 枝から特別な何かが生えているかのように。

秘密基地。いい響き。 そのへんのもので作るということも大切なキーワード。いつかこのブログで詳しくかきたいと思います。

2011.10.28

農閑工芸

TOKYO DESIGNERS WEEK 2011のお知らせやブログの中で農閑工芸という言葉がちょくちょく出てきます。きっとみなさんには耳慣れない言葉であり、一般的にも用いられない言葉です。僕の考える工芸や芸術のあり方を探るうちにたどり着いたような造語で、まだしっかりとした定義付けが自分でもできていません。この農閑工芸という言葉を思いついて喜んでいたところ、もしやと思い検索してみたら既にありました。びっくり。残念なようなうれしいような。
日本民藝協会『民藝』編集部の『民藝』編集部だよりに、
大川亮氏(早くから弘前にて「こぎん刺し」の資料収集を始め、1915年に農閑工芸研究所を作り、復興に尽力。柳宗悦は、美しい「こぎん」を郷土の人に認められ保存されるようになった最初の人は大川氏であったと書いています)
とありました。ネットで拾える資料は少なく、今後調べて行きたいと思っています。
今のところ農閑工芸という言葉を仮に使っているという段階です。僕のイメージする言葉はまだ手に入れていません。これから研究や制作、教育を通してしっかりとした輪郭を捕まえる事を自ら祈ります。
農閑工芸という言葉を思いつくに至る考えは色々ありました。ものを作るとき、人が素材の特性に寄り添う事。自然との対称性の中から生まれるものの価値。また、作る喜びそのものに価値があるということ。展示のせまったTOKYO DESIGNERS WEEK 2011に出展する学生の作品は、そのようなアプローチから生み出されます。
農閑期の工芸というと、ワラジや木の器、カゴ等の民芸品が想像されると思います。農業を生業としている人々が、農閑期に制作するもの。それらは雪深い地域の冬の仕事としても今も多くの素晴らしい物が生み出されています。我が家でも色んなものが活躍しています。僕が取り上げたいのは、それらの素晴らしい物が生み出される背景にあるものです。以前、他の所に書いた農閑工芸についての僕の記述をうつします。バラバラな所から持ってくるので文章はつながっていません。

森林資源を有効に扱う「農閑工芸」は日本各地に見られ、身近な自然素材から器物が作り出されている。作業効率を追求した画一的な物作りではなく、自然素材の特徴に沿いながら、工夫された制作道具で形が決められる。器物の形体は、用途に適した素材と適切な加工方法から生まれ、「用の美」を持つ優れたものが多い。

大量生産、大量消費が文化的一面ともなっている現代では、使い捨ての物にあふれ人と物の関係が危うくなってきている。生産効率を求める分業制の生産現場では、素材への深い理解力の喪失とともに、物を作り出す喜びも失われている。

比較的生産方法が容易である「農閑工芸」では、原材料の調達、加工から完成まで生産物は生産者の手の内にある。福島県檜枝岐での木杓子制作の調査では、ブナを釜で茹でセンで削る刳物技法を見る事ができた。長野県秋山郷での木鉢制作の調査では、原木を切出し大きな水槽に入れておき、取り出しては前カンナで加工する方法がとられていた。これは、水に入れておく事で生木加工の乾燥による割れを防ぐ方法である。また木材内の余分な樹脂分も取り除き、手加工も容易となる。木材を使用した造形教育の現場では一般に、製材後人工乾燥され均一化された木材や合板等を専門業者から購入して造形される。一方「農閑工芸」では、永年にわたる創意と工夫から自然素材の特性に従った柔軟な加工方法が見られる。

主として農業を生業とする人々が、農閑期の現金収入のために行われてきた「農閑工芸」が、日本各地で作られている理由のひとつに、生産方法が容易である事があげられる。もちろん樹種の選定方法、加工技術等には専門的な知識と技術が必要とされるが、他の制作方法と比較し大型の設備等の必要性は少ない。この生産方法が容易であるという事が造形教育の応用に繋がる。

今後も「農閑工芸」については、色々書いて行きます。単にものを作る事にとどまらず、色んな角度から掘り下げて行きます。

2011.10.25

LIFE!

LIFE!のホームページができました。
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~life/life_blog/
wordpress/ 以下、ホームページにある紹介文を転載します。

「LIFE!」は、筑波大学人間総合科学研究科博士前期課程芸術専攻在籍の8名からなる脱領域的なグループです。2010年の「会津・漆の芸術祭」に参加した学生が中心となり発足しました。東日本大震災後、アートにできることを真摯に考え、東北・福島の文化・地域資源から学び、新しい生き方を提案します。大きなゆらぎのある時に、どこに身をよせるのか。その場所に気づくことから始めました。

現在は福島県を中心に活動しています。様々な人や地域との有機的な繋がりから様々なプロジェクトが生まれています。展覧会やLIFE!祭り等の情報も是非ご覧下さい。

 

2011.10.21

カレーとラーメン

11月1日(火)から11月6日(日)にかけて、明治神宮外苑にて「TOKYO DESIGNERS WEEK 2011」が開催されます。学生の作品が「学生作品展プラス」のブースに展示されます。是非ご覧下さい。詳細はおってこのブログでお知らせします。http://www.tdwa.com/

農閑工芸の手法で「ありもの」を有効に活用した造形表現の試み。僕が体調を崩していたためリサーチや制作にかける時間が大幅に少なくなってしまった。さて、開催が迫る。

ここでカレーとラーメンの話。
2日の時間があったとする。
カレーであれば、食材を吟味し、仕上がり具合をみこして全体が良いぐあいに仕上がるようカットされた材料を揃え、タマネギを炒める事から始める。2日あれば自分の技術を存分に発揮してイメージ通りのカレーをつくる事ができる。インスタントラーメンでは、3分の調理時間以外はいらない。他の時間は遊んですごすか、うまいラーメンをリサーチしお取り寄せするか。もしくは、絶食してラーメンに辿り着く辛くて楽しい道のりをゆっくり味わうか。
3分の時間しかなかったとする。
カレー、これはむずかしい。ミキサーで野菜をペーストにしている間にお湯を沸かし、鍋に合流。そこへいきなりルー投入でフィニッシュ。おいしくなさそうだけど、何か新しい料理が生まれるかも。インスタントのカレー、これOK。ほか、隣人がおいしいカレーを作り終わってまさに今食べるという奇跡の瞬間に出会う。ラーメン、問題無し。

学生のみんなには、出展に対し制作時間が少ししかないというマイナスをプラスに転じることを期待する。厳しい条件だからこそ新しい何かが生まれる可能性があるでしょう。そうなれば僕も体調を崩したかいがあるってもんです。がんばって下さい。