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2016年11月 アーカイブ

2011.11.15

LIFE!まつり

福島県喜多方市で行なわれる「LIFE!まつり」の開催がもうすぐ。学生のブログが充実しているのでこちらのページを是非ご覧下さい。
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~life/life_blog/
wordpress/
11月11日に、「会津・漆の芸術祭2011ー東北へのエール」喜多方会場三十八間蔵に学生の作品を搬入。その会場横の空き地がまつりの開催場所。総勢55名の学生が参加。明和電機さん、THEパーティーさん等の卒業生のライブもあり。
TOKYO DESIGNERS WEEK 2011が終わって一息ついたところですが学生の皆さんがんばって下さい。
僕は12月の個展に向けて製作中。
木、漆、ガラス等の立体作品の他、初めて写真を発表します。詳細はまたいつかのブログで。

2011.11.10

ホカホカさん

僕はよく料理をします。料理の他、仕事がら木と漆の器も作ります。
まな板も製材して鉋をかけたもの。まな板は、ただの板なので傷んでくると削り直す。よく使うヒバのまな板はだんだん薄くなってきた。他のはヒノキやヤナギ等。普通は汚れてきたら新しいものに替えるのかな。
なんと包丁も自分で。鋼と地金を鍛接して火造り。成形して焼き入れ。研ぎ付けて柄を仕込む。
器は自分で使ってしっくりとくる形か、とか使っていくうちの経年変化を楽しみながら確かめています。使う事から学ぶ事はとってもたくさん。

よく料理をするとはいっても冷蔵庫にあるもので、とりあえず何か作るくらい。このときのクリエイティブが楽しい。
焼くか炒めるか煮るかそのままか、なんとなく自信がないまま味付けして出会った事のない素材がひとつの器でホカホカする。それほどおいしくなくても、それほど期待されたホカホカさんではないので、とりあえず満足。
農閑工芸の定義付けとして考えたい「作る喜びそのものに価値がある」とは、このような事かとも考えます。
あらかじめ吟味された食材を用意して、確かなレシピに従い丁寧に仕上げて行く楽しさもありますが、ありものでどうにかしてしまう楽しさ。これも加えてみようとか、やっぱやめようとか。なにか手にもって考えている状態。
経験と想像の真ん中の宙ぶらりんのものを、宙ぶらりんのまま持ち歩く状態。ここにありもので作る心の動きの面白さがある。

僕の仕事の漆芸や木工は、どちらかというと前者になります。木工であれば材を用意して、丁寧に乾燥させ図面通りに加工する。これを繰り返して経験を積むことで木を扱う技術を獲得していきます。
無事に会期の終了したTOKYO DESIGNERS WEEK2011に出展した作品は、そのようなものではなく「ありもの」でどうにか、行きあたりばったりで作りあげるというもの。
作品の素材となったのは台風16号によって落とされた木の枝。つくばの恵まれた環境では4tトラックで運ぶくらいの量はすぐ集まる。
とりあえず集めた目の前の枝を素材として、何かをてきとうに作りながら、なんとか捕まえたイメージを逃がさないように、何かを作り込んで行くようなアプローチ。今回はグループワークで、個の作品が全体をつくり、全体から個の作品が形になる展示。ここに新しい面白い可能性を見つける事ができた。
もうひとつ、今回の作品制作の隠れたテーマとして「鳥がつくる巣」。鳥が移動できる範囲で集められた枝や草。必要以上に作り込む必要のない造形の巣。鳥が中に暮らす事ですごしやすい形が作られる。
頭で作られ頭で調達された素材、どこでどのように作られたかよくわからない素材に囲まれる僕たち。学生の作った作品からは、なんとなくなにかは見てくれた人に伝わったと思います。なんとなく。
農閑工芸は「作る喜びそのものに価値がある」という考え方のほかに「ありもの」でどうにかする、というような定義付けも考ていきたい。木杓子やカゴ、箒などは作る時わざわざ遠くのほうから素材を持ってくるという事はありません。もともと車のない時代から作られてきたものなので当然ですが。そうなると近くにある手に入れやすい素材を調達する事になります。
樹皮や木材、竹など、いつの季節に素材を手に入れどのように加工すると人の用となるものができるか。たとえばヤマブドウ等の樹皮等は葉を付け水分をたくさん吸い上げる初夏から採り始める。樹皮を木部から採りだしやすいため。自然のものはあらかじめ作り手の人間の事を考えて用意されたものではないので、人が自然に合わせて手を加えていく事になる。
あるものは食料になり、工芸品の素材となり、燃料となる。またあるものは、染料になり薬になる。
このような自然を相手にするしなやかな思考から生み出されたものはとっても好き。オーラというか見た瞬間にわかる。
火傷したら熊の油を塗り、風邪をひいたらマムシ酒、またまたカエルの胃を煎じてのむ。いったいいつの時代?と思われそうだけど僕の子供の頃はそうだった。標高900メートルの木曽に住んでいた小さなミヤハラ。
自然の素材を扱う技術は、細々ですが今でもしっかりと受け継がれる。今までも色んな地域でものが生み出される場を訪ねた。これからも学生を連れて多くの場所に行きます。ものの作られ方を丁寧に調査することはもちろんですが、ものが作られている場の空気というのは独特で魅力的。
ものが作られるという事だけではなく、その背景にある人間と自然との対称性、それをとりもどす何かを生み出す事ができないかと今は考えている。

2011.11.05

アレクセイと泉

10月31日にデザイナーズウィークの搬入が無事終了。学生の皆さんご苦労様。
翌日の11月1日から4日にかけて会津若松と喜多方。福島県立博物館では佐々木長生先生への農閑工芸の調査についてのご相談の後、関係する様々な資料を拝見させていただく。喜多方では郷土民族館や平出竹店等を見学。今後の調査対象を絞り込む。そして会津・漆の芸術祭2011。会津若松や喜多方の町中に点在する様々な作品を見て回る。もちろん「LIFE!」の展示も。
11月3日夕刻から大和川酒蔵北方風土館昭和蔵にて、映画『アレクセイと泉』の上映会があり、これにも参加。
本橋成一監督の『アレクセイと泉』は『ナージャの村』とともに、3、11以降様々なところで自主上映会が開かれている。そのおひとりでもある女優の木内みどりさんと本橋監督のトークイベントも上映後に開催。
本橋監督の奥様は、子供の頃からよく知っているというか、実家の斜め前に住んでいたちなちゃん。僕はかっちゃんと呼ばれる。芸大の先輩でもあります。
上映会終了後に本橋監督と木内さん、大和川酒造の佐藤さん、福島県立博物館の川延先生やジャスミン等とご一緒して喜多方の居酒屋で会食。本橋監督から「アレクセイと泉」撮影時のお話やその後の村の様子を興味深く伺う。

出版されている『アレクセイと泉』から。

「舞台は、ベラルーシ共和国の小さな農村ブジシチェ村。深い森を抜けると、静かで穏やかな人々の営みがある。
ここは、1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から、北東に180キロ。政府によって移動勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。残ったのは、55人の年寄りと1人の青年アレクセイだけ。村の名前は地図からも消し去られた。
あの日を境に、村のすべてが放射能によって汚染されてしまった。長い年月人々が耕してきた大地も、そこに育つジャガイモも、きのこが採れる森の中も・・・。しかしそんなブジシチェ村の中心には、まるで奇跡のように、放射線がまったく検出されない「泉」があった。
村人たちはこの泉を「百年の泉」と呼ぶ。大地に降り注いだ雨が地面に湧き出ているというのだ。彼らは長い天秤棒を巧みに操り、この泉から水を汲み上げる。毎日まいにち・・・。
百年の泉は、水汲みの場としてだけではなく、祈りをささげる場として、いつの日も村人たちの心のよりどころととなってきた。」

僕は小説や映画は、登場人物が少ないほど好きになる傾向があります。この映画ではアレクセイを中心に周辺の元気な年寄りたちの暮らしを撮影している。毎日泉から水を汲む仕事、畑仕事、木の伐採、泉の枠の修理、泉での洗濯、労働によりかたち作られるアレクセイの身体、興味深い聖人。いろんなカットが村のすがたを映し出す。
村の人々は、大地から具体的なものを手に入れるべく大地に働きかける。大地は豊かな実りを村人にもたらす。しかし、汚染された地において自給自足で暮らす人々が映し出される世界はとても理不尽なもの。
厳しくも美しい自然の姿をカメラはとらえる。村人のおかれた状況だけが、目に見えない放射能による汚染を伝える。アレクセイはじめブジシチェ村に残った年寄り達の暮らしは、そのような状況のなか淡々とわき続ける泉として映し出されていた。