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2012.05.25

お知らせ

今春大学院を修了し、引き続き研究生として在籍している橋本友理子さんの作品が出品されてます。
作品「SORA j.n.」
第44回”金の卵賞”毎日・DAS学生デザイン賞 クラフト部門入選
会場:大阪市住之江区南港北2-1-10 ATCビルITM棟10階<大阪デザイン振興プラザ>デザインギャラリー
日時:5月31日(木)〜6月3日(日)10:00~17:00
「農閑工芸」の調査も一緒に行ったりして、研究のお手伝いをしてもらってるラリー。
たまによくわかんない事言うけど、わかる事も言う。

2012.04.27

トランプ

とっても暇な大学生の夜。
小松君とトランプ。トランプなど普段したことないが、暇な大学生の夜はトランプで遊べとささやく。

先にあがるのはいつもこっち。
なぜか。
小松君は計算してない?
哲学を学ぶ小松君はあまり計算を好まない。
というか計算とかは基本的に放棄していた。
聞いてみるとやはり小松君は数字を眺めていただけ。
ゲームであがっていても手元のカードの計算をしないのでゲームにならない。なのでこっちが勝ってしまう。
そりゃそうだ。
負けようもない。
トランプする事になって、ゲームは始めるのに、そのゲームにはどうして参加しないのか。
一応楽しそうにカードを引いたりしてる。
僕のためを思ってのトランプごっこなのか。僕はそんなに暇そうなのか。暇だけど。
まさかお互いのカードのやり取りを通じて、お互いの優しい気持ちを交換する儀式がトランプゲームだと思ってるわけではあるまい。
相手が相手をしてくれないゲームほどつまらないものはない。
お人形さんにカードを配って持たせて対戦しているような不毛なゲーム。まだお人形さんだったらしょうがないから諦めもつくし、ほんの少しクリエイティブな感じもある。
でも目の前にいるのは小松君。しかも身長187cmもある大きな人。
神経衰弱にゲームをチェンジ。
とっても暇な大学生の夜。
ゲームスタート!
小松君に加え僕も衰弱。全然盛り上がらない。つまらない、というかつらい。
神経衰弱の神経が衰弱する夜。
このゲームは集中力や持続力を必要とする。うだうだしている夜の暇な大学生には持ち合わせていない気力が必要。
もっと直感!インスピレーション!その場的!なゲームでなければ盛り上がる事ができない。
そこで神経が衰弱しない神経衰弱を考えた。まず1枚、2枚とめくる。ここまでは同じ。
揃っても揃わなくてもひいた後に全部をかき混ぜる。そしてめくる。そして混ぜる。
直感とインスピレーションと霊感がたよりの神経衰弱ならぬ神経覚醒!
カードに手をかざし、カードが発する気を受け止め、揃いのカードを引き当てる。
一期一会の出会いを引き寄せる。
これは盛り上がった。計算や集中力はいらない。テンションあげてそろいのカードをめくるのみ。
ただ持久力は必要。けっこう終わらない。いや全然終わらない。疲れた。もういやだ。真剣衰弱。
ゲームにはルールがあり、そのフィールドで遊ばないとゲームにならない。
ただ、自分や相手があってのゲーム。楽しめるフィールドが無い場合は作れば良い、ということになる。
子供の頃の遊びはほとんどこんな感じの楽しさを含んでいた。その場でルールを決めて、未完成なルールの中で楽しさを探す。
独特な空気感を持った遊びの時間だったことを思い出す。
必要なものはクリエイティブな考えだろうか。
それとも、とっても暇な大学生の衰弱した夜だろうか。

2012.04.09

オエダラ箕

3月28日にいったん戻りまた東北。3月30日〜4月2日まで秋田へ。
「農閑工芸」の研究のためオエダラ箕(み)の調査。今回は研究室の学生、ラリとハルちゃんの2人と共に。
秋田市の東側に位置する大平地区。
市内から車で移動する。緩やかな平野が緩やかに山に近づいていく。まだまだ雪の残る田んぼ。
雪が溶けて土の見える田んぼには数十羽の白鳥が旅の前の食事にいそがしい。
白鳥と言えば湖という薄っぺらいイメージしか僕にはなく、白鳥も土を掘ってえさを食べるんだという当たり前の事に感心。
数十羽になる白鳥のグループはいたるところで目についた。
川が流れ田んぼの周りには里山が控えている。
このような場所で箕作りが盛んに行なわれていた事に納得する。
里山から調達した素材を有効活用して作られるオエダラ箕の制作者を訪ねた。
この土地で作られるオエダラ箕ひとつに使われる材料は、イタヤカエデ、フジ、ネマガリダケ、カバザクラ。
イタヤカエデは木部を薄く割いて使用する。フジは樹皮から薄い繊維を取り出して使用する。
イタヤカエデとフジを主として箕は編み込まれていく。
箕作り以外では様々な種類の樹皮も素材となる。スギ、キハダ、サワグルミ、ヤマブドウ。
ヤマウルシはイタヤカエデと同様に薄く割かれて使われる。ウルシの木独特の黄色い肌が美しい。
2日間制作者の所にお邪魔して調査。そして制作者のご指導のもと、みんなでイタヤカエデとサルナシを素材に籠の制作をした。大変貴重な時間となった。
百聞は一見に如かず。
やはり実際に制作される場からの情報量は圧倒的に多い。
また詳細はいつかここに書きます。

2012.04.06

たんぼの造形

3月26日27日28日と東北へ。
またひとりぶらり旅。
初日は石巻、女川、松島などを訪ねる。改めて被害の大きさを知る。次の日は仙台、名取市等を通って会津へ。会津では大熊町から避難している仮設住宅にてワークショップに参加。
会津若松の町を歩いてカゴの置いてある商店に入る。
佐渡の箒を見つけ手に取る。ワラで作られた手のひらサイズのかわいらしい箒。もともと物を所有することに興味がなく、物を集める趣味のない僕の唯一のコレクションである箒なので購入。これはしかたがない。
店の奥、ほこりをかぶった木杓子が目にとまる。ブナの木でできた力強い造形。檜枝岐で作られた木杓子かと思い店主に尋ねるとその通り。
木杓子は木でつくられるおたまのこと。
現在はブナの木を切る事ができなくなり作られなくなった。かれこれ15年ほど前に檜枝岐に行ったときに購入して使っている。その後実際に作る現場を見てみたくなり色んな所に問い合わせるも、制作の現場を見る事はかなわなかった。
材料を調達できないのだからしょうがない。
硬いブナの木を湯で煮て、センで削る面白い作り方。その作り方から力強く引き締まった木杓子が生まれる。
田んぼのような造形。
木の器を作るときによく考える。「田んぼのような」という言葉を意識したのは、岩手県の雫石を訪ね、木杓子の制作を調査した時のこと。
木杓子は、原材料となる木のある山に小屋掛けして、木を倒し、木を割り、削ってつくられていた事もあった。それぞれの地方にある木を使うので、クリ、ブナ、ナラ、ホウ等様々な種類で作られている。見学に行った雫石の工房では、ホウの木が使われていた。ブナ、クリに比べてホウの木はやわらかく軽い。そのせいか形も他の地で作られたものに比べ、肉付きが良くゆったりとしている。
玉切りにした丸太をナタで割り、チョウナ、マエカンナ(槍鉋のような形)、カンナ、小刀で成形していく。5種類のシンプルな道具で形作られた木杓子は、おおらかな佇まいをしている。
木を割るところから完成まで、無駄のない仕事を見せてもらい完成した木杓子をいただいた。
木杓子はかしこまった使い方をしない道具である。
良い道具とは?
これも良く考える事である。身近な篦で考えてみる。
漆の仕事は様々な道具を使うが、まず篦(ヘラ)を作れなければ仕事にならない。
桶から漆を取る事もできないし混ぜる事もできない。特に下地仕事では、篦の出来具合が仕事の質に大きく左右する。篦を作るには塗師屋小刀(ヌシヤ)と呼ばれるドスのような刃物を仕立てなければならない。刃物を研ぐには砥石を仕立て、、、、と続けていくと長くなるので、篦の話。
篦は一般的にヒノキでつくる。他にマユミ、シシャ、ホウ、モミジ、ウツギ等も使う事もある。珍しいものではクジラのひげもある。
まずヒノキを割って板を作り、カンナ、ヌシヤで仕上げていく。直線で構成された篦の形はとっても簡素で潔い。
道具は、仕事のためのものであるから簡単に作れる事が望ましい。簡単ということは作るのに時間がかからないこと。
簡単なばかりで使い物にならなければ使えない物になるので、やっぱり一番大切なのはやはり道具としてしっかりと仕事に仕え、使いやすいということ。
しかも長持ちするとうれしい。
篦の場合、使いやすい、作りやすい、直しやすい、長持ちするということが問われる。
篦は削りながら形を整え使用していく事もあり、条件に合う材料としてヒノキが選ばれた。そして、ヒノキの中でも天然林で伐採された目の細かな物が良い。立ち木の状態で人の目の辺りのものが良いとかも言われる。
それともうひとつ。
これは個人差が出てくるが、そこそこ美しいものが良い。別に眺める物ではないので美しさが必要ではない。ただ、自分の近くに置かれたもの、手にしながら使う物はそれなりの形をしていて欲しい。
繊細な蒔絵で飾られた美しい篦なんかは、見た事ないけど、そんなのあったら使いにくくてしょうがない。道具にはそんなに過度な装飾はいらない。
でもそこそこ美しい物が良い。やっぱり。
漆器を作る為に漆の仕事で道具として使われる篦。漆器自体も食べるために食事の際に道具として使われる。
ここで言う道具の篦と漆器の違いは商品であるか、そうでないか。この辺の話は多分貨幣とか経済とか交換の話になっていく。
田んぼの造形。
ここで言う田んぼの造形とは、そこそこ美しいという日本人の持つ自然感に基づいた美意識の表れのこと。
谷で生まれ、谷で育った僕の周りには田んぼは存在しなかった。なので田んぼについては良く知らない。知らないけど、木杓子を手に取り使っているうちにいつの間にか「田んぼの造形」「田んぼの美意識」という言葉で色々考えるようになった。
山間部や石の多い所は、石で周囲をかこみ田んぼにしてきた。
田んぼにとって邪魔になる石を取り出し、運び、周囲に積む。水をため、人の歩く道となる。
自然の石を積むから、ブロックやレンガみたいに整然とはいかない。はじめに置いた石の隙間に、なんとなく合う石を置いていく。もちろん伝えられてきた様々な技術はあるだろう。
石を積む。石を積む大変な仕事の中で、手に取った石をどこに置けばきれいにはまり強い構造になるか、大変な仕事の中でも積む楽しさを味わっているはずである。その積む楽しさを含んだ美しさを田んぼに見る。
庭園ではないので美を作り込む必要はない。龍安寺の様に石を配したりしたら邪魔でしょうがない。稲刈りのあとは素晴らしい枯山水になりそうだけど。
田んぼの真ん中に、小さな島を作り白いバラを育て、白い天使が舞う噴水から天に水を吹き上げて、午後の紅茶を楽しんでもあんまり収穫の役には立たない。
宮原君。
はい。
向こうに見えるあの木の下からあっちの山に向かって腰を屈め、奥の石から30個目の石と31個目の石の隙間が最高に気に入っているんだが分かるかね。
なんでしょうね。
よく見てみなさい。ビーナスに見えるでしょう。
とか言われてもきつい。
あっ本当だ、ビーナス誕生!
とかも言いたくない。
やっぱりそこそこで良い。そしてその美しさは作ったものではなく作られたもの。自然の大地に働きかけ、その土地の形に添って作り上げていく。木杓子も同様に木の素材に沿って道具で作られていた。田んぼには人の手の入った、手入れの文化が作った美しさも宿る。木の器も然り。
木杓子は一日にたくさんの数が作られる。もちろん職人さんによるが100本以上作られる事もあると聞く。
作られる工程が決まっていて、細部にわたり刃物のあて方も揃っている。木杓子に使われる木の素材的な特徴と作り手の手にある刃物との関係から刃の動きと木杓子の形が決まってくる。
制作の現場を見て、制作する身体の動かし方は、踊りや武道などの身体表現における型を見てるようだった。
同じ物を数多く作り続けることで、無駄のない身体の使い方を身につけていく。道具もそのように変化してきた。
世代を超えてたくさん作る中から生まれた形が現われる。木杓子としての理想の形と形にしていく道具や作業から中を取ってできてきた形体。
無理のない造形は作りやすさから生まれてくる。
出来上がった木杓子は喜びの表情になる。まさに健康の美。不健康の美も捨てがたいけど。
どこまで作り込むか、これは日本人の自然感に基づいた美意識の表れと思う。
そこそこ美しい、とは意識で自然を征服しないこととも言える。
日本の自然、日本に育つ樹によって日本人の美意識は作られてきた。自然とそれを受ける意識から生まれた造形を木杓子に見る。
このことは、箸を使うことにも共通している気がするのでいつか考えてみたい。
木杓子などを見たり、自分でものを作ったりしていると思う事だが、値段、貨幣価値に置き換える事はとても難しい。例えば木杓子のように作り方が完成されているものを1000円で売っているとする。いろんな理由から800円で売らなければならなくなった場合、どう対応するか。
これはできない気がする。多分同じように作り、ただ安く売る。
品物は変わらず値段だけが変わる。
作り手は、手を抜いて作る事で時間を短縮して値段の変化に合わせないだろう。
作る喜びが減るから。でもどっかに無理が来る。

2012.03.22

おしらせ

ここしばらく、時間があると器のことについて書いていた。
器からダイエットの話になり田んぼの話になり、ビーナスとかまで出てきたりして結局どこにもたどり着かなかった。
で、ぜんぜんブログが更新できない。
これからは小出しにしていくことに決めた。

今日は展覧会のお知らせ。
明日めでたく修了式を迎える柵瀬(さくらい)茉莉子さん。
プランタン銀座本館6Fギャルリィ・ドゥ・プランタンにて。展覧会名は「4人の現代作家によるRE-VISION ー自然素材の魅力ー」3月27日〜4月2日。
他の作家さん達も良く知っている方。
もうひとつ、みやっちの「宮下智吉個展 ごはんのおいしい 漆の器」。
こちらはいつもの神楽坂 ayumi galleryにて、3月30日〜4月4日。
来週は宮城、福島、秋田と東北ざんまい。
またブログで報告でもできたらいいなと。

2012.02.24

ひとりぶらり旅

久しぶりの更新。なまけてすみません。
僕の「記憶の記録」展も終了し、
卒業生の皆さん、修了生の皆さんの展覧会も無事終了し、
あとは3年生の展覧会といったところ。

つくばから大阪へ。万博の地から万博の地へ。夢のあとから夢のあと。新幹線で新大阪へ。
朝目覚めると、「おはよう!」ではなく「ちんかんしぇん!」と挨拶するバカボンに出てきそうな次男坊主にのぞみの写真を送信。

新大阪から地下鉄、モノレールを乗り継ぎ万博記念公園へ。
久しぶりに太陽の塔を仰ぐ。やっぱり大きい。
太陽の塔から歩いて少しのところ千里の万博記念公園に建つ国立民族学博物館へ。
初めて来た時は二日酔いの頭をかかえながらの大学3年生の春。展示されていたものは余り良く覚えていないが、太陽の塔と世界各国から集められ民博に収蔵されている品々から受けたインパクトは、インパクトそのものとして強烈に残っていた。
建築や船等の大きな物から小さな装飾品におよぶ展示。
機会があれば行きたい、近くに寄ったときは足を運ぼう、とか思っていたけどそんなチャンスは全然なので、千里を訪ねて三千里。行くしかない。
ぶらりひとりおじさん旅。

岡本太郎と和靖一の対話集「日本人は爆発しなければならないー日本列島文化論ー」を読んだ事もあり、民族学博物館設立がどれだけ大変な思いでなされた事業であったかを知って、もう一度行ってみたいという気持ちも高まってきていた。
展示してあるものを見てまわる。生々しい。
ほとんどが自然との対話、死者との対話に関するものばかり、と言っても良い。神話が生きている時代や場所で作られたものは詩情に満ちている。
一人だったのでゆっくりと自分のペースでまわる。
様々な国の様々な物が展示されているが、やはり木や竹、樹皮でできた道具等の造形物の前では足が止まる。
それらを見ているうちに、木の造形物が作られていた空間性や時間性について考えてみた。
現在はいろんな加工に便利な機械がたくさんあり、頭で考えた形に向かって的確に、早く形を近づけることができる。
機械は直線や直面の加工が得意なので、意識の世界と相性が良い。ということは無意識の世界とは仲が悪い。というか無意識で機械をぶんぶん回していたらケガをしてしまう。
制作する物が決まったらロスの少ない工程を組み、いかにして短時間で図面通りに完成させる事ができるか、そこに主眼をおいている。
民博に展示されている造形物は、様々な道具や動力や機械が無い時代に作られた物が大半を占める。
ゆっくりと時間をかけて作る、その事自体で生まれる表現に独自性が備わってくる気がする。
きれいに早く作るといったスキルの違いだけではない違いを感じた。
作りながら作る過程において、できてきた形から色んな事を発想して意味付けたり形が変わったりしてる、気がする。
意味付けから本来頭にあった構造や形態にまで変化が見られる、という気もする。
作っている最中に他のものを作りたくなってつい作ってしまった物とかもある。これはあくまで想像の範囲。木に宿るなにかとのお話しを楽しみながら作ること。
今なら一日で作れるものが、昔は数週間かかったというのは普通にあること。
一週間のうちに雨もあれば、予期せずおいしいごちそうにであう。使っていた道具が壊れて、違う道具で違う方法で作り進めるとか、形が変わる事もある。集中しながら考え事をしていて、ふらっと歩くと急に色んな事が結びつき、はじめの構想と変化していく造形。
道具等は本来の使い方に沿った形であれば問題ないはずなのに作りながら現れた形から意味を読み取り、意味ある形に造形していくことを楽しむ。
自ら加工している形が、木から発生した形となって目の前に表われ、その形の意味を読み取る。そんなゆっくりとした時間の中から生まれる形と思えるものが、今回は気になった。
こうしたいと思う意識とまだそうなっていない素材との時間のずれから、こうしたいと思っているのとは少し違う形が生まれてくる。
素材と意識とのずれから生じる同調の形とでも行ったらいいのだろうか。ここに造形の面白さが潜んでいる。
素材による違いも面白い。
可塑性の高い土ものの場合、手の動きと土の動きが直接的に関わっているのでさらに顕著にあらわれる。指で押せば、土はへこむ。一方、木の造形物は土ほど直接的ではない。
素材との対話と言うと良くありがちな表現になるが、まさにその通り。常に意識と、その意識によって身体を通して作られているものとのズレは、常に意識外の表現となって着地する。
こんな僕のブログのような物でも、キーボードをたたいていると書こうと思っていた内容からすっと違う方向に移動する事が多い。書こうとする文章の言葉を打ち込むと、打った言葉に違和感を覚えたり、次に打つ言葉が思っていたものから変わったりする。そんな事考えてもなかったということが文字になって残り、そんな事考えていたんだと思い、なるほどねと自分で感心する事もある。
土によって作られる造形はこうしたいと思って手を加えた事により、こうしたいと思ったときと違う形が現れ、次のこうしたいは別のこうしたいになっていく。そのような意識と身体性を伴った感覚とのゆっくりとした同調とズレが抜きつ抜かれつしながら、ひとつの芸術を形つくっている。なんだかよく分からない文章になってしまったが、そう思う。
民博はアイヌの展示がとても充実している。アイヌの木製品のスマートさに感心。
ただしここからは、さっきまで書いていた制作における時間性を感じる事はなかった。
美しいイクパスイの数々、そして片耳杯(器)などの造形。完成度の高いこれらの木製品からは、共同体としての強さや信仰の深さ、規律の厳しさが伺われた。作り手は、それぞれの場所にいてそれぞれに作っているだろうが、ならんだ木製品は統一された美意識に基づいて作られている事がはっきりと見える。その美意識は信仰に裏打ちされたもの。
今は残念ながら閉館となってしまった青森市歴史民俗展示館の稽古館での感動を思い出した。
ぶらりひとりあおもりおじさん旅。
おじさんではすてきな感じが少しもしない。
しかも僕はあおもりおじさんではない。
もう7、8年たったと思うが、たくさん並ぶイクパスイや片耳杯(器)等の器を見る事ができた。特に片耳杯の佇まいには感動したのを覚えている。全体にゆったりとした造形、耳から広がる器の内側の大きな空間。薄く整えられた厚さと繊細な縁。ほんとうにうっとりした。
そして今回の民博でも同じようにうっとり。
そして、これまでそれほど意識を持ってみていなかったものにも出会える事ができた。
そのうちまたここに来るだろうなと思いながら太陽の塔の猫背な背中を目指して駅まで歩いた。

2012.01.13

セキレイとキジバト

つくばの路上にハクセキレイのつがい。
いつも緑のある場所で見るので一瞬とまどったが、セキレイは好きなのでなごむ。
長男もセキレイを見つけるとすぐに教えてくれるようになった。
つくばでは雨上がりの空き地に遊ぶ姿を良く見かける。
小学校、中学校と学校まで歩く通学路は、奈良井川という清流に沿っていた。ヤマメやイワナ、サンショウウオが住み渓流といってもよい。
奈良井川は犀川となり千曲川となり信濃川となって日本海に流れる。
僕の住んでいた場所は分水嶺が複雑に絡んでいる場所でもあり、近くの川は木曽川となり太平洋に流れていた。
深い山に囲まれた木曽谷の底を奈良井川が流れ、人が住む場所も道路も線路も川に沿っている。
天の川も同じように谷の空を流れていた。
通学路を歩いていると、川の上をセキレイが上下しながらとんでいた。清流の石の上で尾をふって休みながら。
小学校の6年間と中学校の3年間、川遊びも含めてセキレイはいつもそばをとんでいた。
セグロセキレイもいたが、キセキレイの方が多かった気がする。
通学路を歩く僕たちと、川に沿ってとぶセキレイ。半分はばたいて半分休むような飛び方が好きで見ていて飽きない。

セキレイの他ではキジバトも好きな鳥。
まいた種を食べられてしまう人やベランダに巣を作られてしまった人以外でキジバトを嫌いな人は少ないだろう。
渋めの色と模様。ゆっくりとした歩き方。そしてあの鳴き声。なんとも日本らしい。
キジバトは人間との距離感が独特。
ゆっくり近づくとそこそこまで近づける。ちょっと行き過ぎると逃げてしまう。
その時に引かれた距離感の線は、キジバトが人を理解する感性によって決められていると思う。
人が歩くスピードや自然のものに近づく感じは、キジバトが逃げない距離感とスピードを考えるとちょうど良いかも、と考えている。
つくばの工房の空き地の小さな道で、しょっちゅう土をつっついてるキジバトに近づく。
逃げられてしまうと修行が足りないと反省。
つがいでいる事が多いが、そのつがい同士の距離感も中々良い。
セキレイもまたキジバトのように、他の鳥に比べると近づく事ができる。キジバトほど近づく事はできないが、こちらを気にする雰囲気というか目線はキジバトに似ている。

この距離感はものと人との距離感にも通じる。
好き嫌いに関する事なのでいろんな考え方があるだろうが、ものを見る時、自分の中で距離感の線を引く。
特に家具や器等の使うもの見る場合だが、使いやすさばかりを考え人に近づきすぎてるデザインのものはあまり好きではない。
デザインされたり作られたりしたものは、そのものとしてのそのものの佇まいを持つもの、好きになるものに共通している。
個の表現の表出は勝手に距離を縮められている、つめよられる気がして辛い場合もある。うれしい場合もあるけど。
人の趣向性によりかなり変わってくるが、僕としては自分とものの距離感はそこそこ遠いほうが良い。
器の形ついてブログを書こうと考えていて、セキレイやキジバトの話になってしまった。

2012.01.05

2012!

新年あけましておめでとうございます。

いつものように年末年始を妻の実家の東京ですごす。
そしていつもの熊野神社へ初詣。長男は火の周りをうろうろ。次男坊主はそこらじゅうを徘徊。
長男は犬から逃げ、次男坊主は犬に近づく。眼が離せない。
つくばに戻り、小松君とも毎年のようになったささやかな新年会。
松本に住む小松君と毎年お正月に会うのは、小松君の奥さんの実家がつくばに近く年末年始をこちらで過ごすから。
そしていつものようにとりとめのない話をする。
いつもどんな話をしたかすぐに忘れてしまうが、会うとすぐに二人とも同じようなことを話しだす。
そして昨年の成果を小松君にお披露目。
成果物とは拾って集めたゴミの数々。
どのような形を持って作品になるのか、自分ですら分かっていない数多く集めた美しいゴミを床に並べて小松君と長男と一緒に眺める。
これが意外と結構盛り上がる。不思議。
ゴミといってもとても時間をかけて、丁寧にすみずみまで洗ってあり、少しの匂いはなぜか消えないがきれいなものばかり。
そのほかにカラスの糞や乾いたミミズ、水たまりを映したたくさんの数の写真を眺めたり、、、
ここに書いているとゲテモノ感が漂うが、僕の心を捉えて離さないものばかり。

さて、今年は研究や教育、作品発表などで東北へ行く機会が増える。
東北から多くの事を学ぶ年としたい。
実り多い年となりますように、本年もどうぞよろしくお願いします。

2011.12.26

木を割る

小さい頃、我が家は薪のお風呂だった。
いつのひと?と思わないでください。
漆器のお店が並ぶ街。それぞれのお店の奥には白い土蔵の仕事場が座る。
湿度と温度を一定に保つため壁は分厚い。冬は暖かいので子供達のかっこうの遊び場になる。このおかげで漆にかぶれない身体に育った。
そんな漆器の街には木地屋さんも点在する。木地屋さんからお風呂用の木っ端をいただくこともあった。
木曽ヒノキを薪にして焚く贅沢な我が家のヒノキ風呂。
ヒノキで焚くステンレス製の風呂釜からは、もちろんすてきな香りはしない。残念。
薪を焚き付けるとき、新聞紙の上に木を置く。火がつきやすそうな細い材がない場合はナタで割って作る。
割って作られた板にヘギ板がある。ヒノキ、サワラ、スギ等のまっすぐのびる針葉樹から作られる。
繊維が通っていて強いためワッパ等の曲げ物に使われてきた。とても薄いものは手で割き、天井材として編まれる。
この工程はまさに職人技。手の感度を高め、指先にはね返るわずかな木の力を感じながらコントロールして薄い板をさらに薄く割いていく。
「記憶の記録」に使用したクリの木の表情とは異なり、針葉樹は直線的で繊細な肌になる。
ノコギリ等ない時代から受け継がれる木を扱う技術。

素材と人の関係について、とても興味深い内容が多い民俗学者宮本常一の著書『塩の道』にある、Ⅲ暮らしの形と美から書き出してみる。

そこで話をもっと進めていきますと、そのように植物と対決していかなければならなかった生活が、われわれの日常生活のうえにどんな影響を与えたのだろうか。それから鋤・鍬だけの問題ではないのです。
まず家を見ますと、日本の家というのはほとんどマツ、スギ、ヒノキ、東のほうへ行くとクリであるとか、ケヤキであるとか、そのようなものが建築の用材として使われています。こういうものが使われていたということは、もともとそういう大きな木がそこにあったということに、何より大きな原因があると思うのです。
しかも、それらのなかで最初に使われたスギ、ヒノキといわれるようなものは、これは針葉樹でありまして、みな年輪をもっています。そしてそれが、やや密生したところでは、ほとんど枝が出ないでずっと伸びていきますから、まっすぐになっている。そのまっすぐになっているものを、板なら板にする場合に、古い時代には縦挽きの鋸がありませんから楔を打ち込んで割っていくわけです。それでまっすぐに割れます。このようにしてわれわれは家を建てるのに、割って、それで板をつくり、柱をつくり、そのようにして家を建てていったわけです。
長い木を使って家を建てる。これが日本における一種の直線構造といいますか、日本ほど直線を巧みに利用した国はないように私は思うのですが、それは、じつはそこにある木を利用する、その利用のしかたからきたものではないでしょうか。
これは日本人の思想なり行動なりをみていく場合に、大事な問題の一つになってくるように思います。これほど直截簡明にものを処理していく能力を持ち、そして非常に早くからわれわれは数学的な才能をもっていた。これは直線というものを、まず最初にもつことができたということにあるのではないかと思います。

そこにある木を使わざるをえない環境は、人と素材の対称性や身体性を通した思考をせざるを得ない。
今は、様々な場所から素材を手に入れる事ができる。素材自体も人工的に作られ、均一化が進み、人がコントロールできる事が最優先となる。
今思うのは、いろんな事にもう少し受け身的な思考を持つ事はできないかということ。素材への問いかけから生まれるものを大切にしたい。素材への問いかけには、その背後にある自然への問いかけももちろん含まれる。

 

2011.12.23

記憶の記録

「記憶の記録」というタイトルの作品を作り出して3年目。
タイトルはその作品をあらわす言葉だけに、いつもすんなりとは決まらない。
タイトルをつけたとたんに自分自身の考えが、またその作品のあり方がストンと腑に落ちることもある。その言葉から今までになかった世界の見方、新しい視点を獲得する事もある。
「記憶の記録」というタイトルを一番はじめにつけた作品は、クリの木を割ってできた作品。
木工の一般的な仕事では、丸太を製材して板や角材とし加工していく。
製材という工程は単に木材を刻んでいくという事だけではなく、木の水分を抜きながら木の動きや収縮を安定させる大切な工程でもある。
生ものである木を安定させ、家具や器等の用をなすものを作るための工夫から、様々な乾燥方法が存在する。
自然の木と人間の長年のやりとりから確立されてきた。
ピシッとカンナのかけられた木工の作品に見られる表面の木目は、有機的な柔らかい表情で人を楽しませてくれる。
一方、自然の樹木にはそのような木目は存在しない。人が手を加え直面をつくることで表出する。
木を板にして組み立てる技術や機械というものは人の意識で作られるもの。
自然の木が人の意識に入るということ。
木工の仕事はまず基準となる直面を作る事から始める。有機的な面をつくる時でも、仕事の運びを考慮してまず意識の世界へおいでというように、ひとつの直面をつくる。
木を割ることをはじめたのは、木という素材と自分の表現の中間にある表現を目指したころ。
なるべく少ない人為で木そのものを表現するためにどうしたら良いか考えていた。
はじめはヒノキやスギ、今はクリ。クリは長さ90cmくらいの丸太からはじめて、300cmの丸太を割った。木そのものの持つ素材の特徴とは、また木を加工することとは。考えは尽きない。
樹木はまわりの環境に左右されながら長い年月をかけ育つ。
樹木が若いころ、となりに大きな木があればその木をさけて太陽の光を得ようと枝葉をのばす。
隣の大きな木が切り倒されてその場になくなったらすっぽりと空いた空間にいっせいに枝葉をのばす。
根を下ろしている場所が山の斜面であれば、踏ん張って山にしがみつく。
台風で枝がたくさん落ちる。折れた枝の付け根を覆い隠すように木は成長する。
雨の少ない夏、寒い冬、その地の自然の環境の中で育ってきた木は、その記憶を木の内側に残して成長していく。
木の内側には記録としてその記憶が残される。
実際、古い建築物の建てられた年代は柱等の部材にある木の年輪を調べる。年輪は気象の歴史のバーコードとなっている。
外に見える樹木は、それら木の成長の痕跡を覆い立っている。環境と闘い調和しながら立つ樹木の姿は美しくヤラレル事が多い。
木を割る行為で得られる表面は、内側に隠れた、普通は目にする事のないもうひとつの木の形と考える。
人の手が加わる事でしか表出しない木の自然のかたち。そのかたちを美しいと思い作品を作っている。
展示している小さな作品、そこには30年ほどの木の記憶が刻まれている。