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2011.12.23

記憶の記録

「記憶の記録」というタイトルの作品を作り出して3年目。
タイトルはその作品をあらわす言葉だけに、いつもすんなりとは決まらない。
タイトルをつけたとたんに自分自身の考えが、またその作品のあり方がストンと腑に落ちることもある。その言葉から今までになかった世界の見方、新しい視点を獲得する事もある。
「記憶の記録」というタイトルを一番はじめにつけた作品は、クリの木を割ってできた作品。
木工の一般的な仕事では、丸太を製材して板や角材とし加工していく。
製材という工程は単に木材を刻んでいくという事だけではなく、木の水分を抜きながら木の動きや収縮を安定させる大切な工程でもある。
生ものである木を安定させ、家具や器等の用をなすものを作るための工夫から、様々な乾燥方法が存在する。
自然の木と人間の長年のやりとりから確立されてきた。
ピシッとカンナのかけられた木工の作品に見られる表面の木目は、有機的な柔らかい表情で人を楽しませてくれる。
一方、自然の樹木にはそのような木目は存在しない。人が手を加え直面をつくることで表出する。
木を板にして組み立てる技術や機械というものは人の意識で作られるもの。
自然の木が人の意識に入るということ。
木工の仕事はまず基準となる直面を作る事から始める。有機的な面をつくる時でも、仕事の運びを考慮してまず意識の世界へおいでというように、ひとつの直面をつくる。
木を割ることをはじめたのは、木という素材と自分の表現の中間にある表現を目指したころ。
なるべく少ない人為で木そのものを表現するためにどうしたら良いか考えていた。
はじめはヒノキやスギ、今はクリ。クリは長さ90cmくらいの丸太からはじめて、300cmの丸太を割った。木そのものの持つ素材の特徴とは、また木を加工することとは。考えは尽きない。
樹木はまわりの環境に左右されながら長い年月をかけ育つ。
樹木が若いころ、となりに大きな木があればその木をさけて太陽の光を得ようと枝葉をのばす。
隣の大きな木が切り倒されてその場になくなったらすっぽりと空いた空間にいっせいに枝葉をのばす。
根を下ろしている場所が山の斜面であれば、踏ん張って山にしがみつく。
台風で枝がたくさん落ちる。折れた枝の付け根を覆い隠すように木は成長する。
雨の少ない夏、寒い冬、その地の自然の環境の中で育ってきた木は、その記憶を木の内側に残して成長していく。
木の内側には記録としてその記憶が残される。
実際、古い建築物の建てられた年代は柱等の部材にある木の年輪を調べる。年輪は気象の歴史のバーコードとなっている。
外に見える樹木は、それら木の成長の痕跡を覆い立っている。環境と闘い調和しながら立つ樹木の姿は美しくヤラレル事が多い。
木を割る行為で得られる表面は、内側に隠れた、普通は目にする事のないもうひとつの木の形と考える。
人の手が加わる事でしか表出しない木の自然のかたち。そのかたちを美しいと思い作品を作っている。
展示している小さな作品、そこには30年ほどの木の記憶が刻まれている。