美術史へのいざない

パウル・クレー(18791940)作 ≪女の館≫ 

1921年 油彩、厚紙 41.7×52.3cm 愛知県美術館蔵

一万点にもおよぶ作品を残したスイスの画家パウル・クレーは、音楽や詩にも豊かな才能を示しました。彼の絵には、歌劇や文学にもとづく主題や、それらを想い起こさせる題名をもつものがたくさんあります。

≪女の館≫は、クレーが、総合的な造形芸術学校バウハウスの教壇に立ち始めた年に描かれました。そのころの彼は、色彩の明度や彩度に応じた階層づけに関心を抱いていました。この≪女の館≫でも、深い青緑色の明度差によって、画面が縦横に塗り分けられています。薄い青色の糸で刺繍をほどこしてあるように見える垂れ幕の両すそには、おなじく薄青色の衣をまとった踊り子がおり、さらに上の方には「女の館」の塔が、おぼろげに姿を現しています。それらを取り囲むようにして、明るい緑色や鮮やかな赤色の丸い樹木が、リズミカルに配置されています。そして、とりわけ特徴的なのは、羽根ペン状の道具を使って、小さなくぼみを刻むように波打つ水平の点線が引かれ、その微妙なバランスの線と、丸く葉っぱを茂らせた樹木のかたちがあいまって、譜線と音符を連想させることでしょう。深い透明感を保ちながら塗り重ねられた色彩の輝きと、表情のある描線とによって紡ぎ出される詩情豊かな旋律が、なにげなく単純化されたようなひとつひとつのかたちとの和声を生み出しています。

クレーと存命中に親交のあった美術批評家ウィル・グローマンは、この≪女の館≫について、「深い愛情をもって描かれた秀作」と、高く評価しています。わたしたちにとって大切なのは、作品を所蔵展示する美術館赴き、実物の絵をじっくりと観察しながら、クレーのほかの作品や彼と相前後して活躍した芸術家たちの作品に関して幅広く調査したうえで、グローマンの評言をいちど批判的な立場から吟味し直すことです。どのような「かたち」の特徴、描かれ方の特徴が見て取れるか、どのような時代背景をおって作品が産み落とされたのか。次々と湧き出してくる関心事や疑問をひとつずつ埋め合わせていくことで、作品と作家に対する理解は深まり、絵のかもすさまざまなイメージが、いっそうふくらみます。やみくもに絵をながめるのではなく、知的な好奇心を満たしながら鑑賞する眼を養うことは、わたしたちが芸術学を学び、研究する目的であり、つねに忘れてはならない方法そのものなのです。

≪女の館≫に関する基本的な情報:

    • 「来歴」(描かれて以降、誰の手を経て今日まで受け継がれてきたのか)
    • 「展覧会歴」(いつ、どのような展覧会に出品され、どのように鑑賞されてきたのか)
    • 「文献」(いつ、どのような本で、どのように取り上げられてきたのか)

といった事柄は,
愛知県美術館が提供するコレクション・データベースで知ることができます。