スズキ株式会社

圖子 哲哉さん/スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部 欧州デザイングループ モデラー

圖子哲哉さんは自動車の開発・製造を行うスズキで、モデラ―として車のデザイン開発に携わっています。

現在のお仕事について教えてください。

イタリアのトリノで自動車のデザイン開発に関わるモデラ―として働いています。

モデラ―は製造前の自動車のモデルを作る仕事です。デザイナーが描いた車のスケッチ案をインダストリアルクレイという工業用粘土やコンピュータを使って立体にします。フロント部分などのパッと目につく部分から見えない部品まで、まず3分の1ほどの大きさのモデルを作り、最終的には実物大のモデルを作ります。モデルを制作する過程で、より良い形状の追及や実際に車体に使われる鋼板でこの形を再現できるのかなどの検討を行います。

特にクレイを使った立体づくりはモデラ―の腕の見せ所ですね。土台にクレイを盛り付けるところから表面を専用の道具を使って形作るところまで全て手作業で行っています。勢いのある直線的な形、丸みのある柔らかい形、守ってくれそうな強そうな形…。デザイナーの意図を汲みながら、細かい部分の線の曲がり具合や全体のバランスなどを考えながら造形していきます。自分の手の動き一つで車体の姿勢や「面の張り」が変わってくるので、1ミリ以下の単位での調整を大切にしています。

今までモデラ―として携わってきた自動車の中で、印象に残っているものを教えてください。

一番印象に残っているというか、転機となったのは入社4、5年目に携わった「XBEE(クロスビー)」の制作ですね。初めて車体のフロント部分など、メインとなる部分の制作を任せてもらいました。

自動車1台のモデルを完成させるのにどれくらいの時間がかかるかは企業秘密で言えないのですが、コロンと丸くてかわいらしいXBEEのデザイン案をいかにクレイで表現するか、柔らかい線をつくるにはどうすればよいか、何度も微調整をくりかえしたことを覚えています。これを機に車のメインとなる部分の造形を任せてもらうことが多くなりました。

モデラ―になりたいと思ったきっかけを教えてください。

モデラ―になりたいと考えるようになったのは大学時代です。高校の美術科時代に彫刻に出会い、その面白さに魅了されたことをきっかけに、大学・大学院では彫塑を専攻しました。

高校時代から車に関係する仕事がしたいとは思っていましたが、その時考えていたのは車の外装のデザインなどを考えるデザイナーという仕事でした。

筑波大を卒業した後は先端芸術や彫刻について学ぶことができる筑波大とは別の大学院に進学する予定でした。この大学院に受かったら、卒業後は作家になりたいと思っていたんです。でも、受験には失敗してしまいました。筑波大の大学院に進むことを決めましたが、卒業後は就職しようと気持ちが切り替わりました。その後モデラ―という職種を目指し就職活動を行い、今は好きな立体の造形で昔からの夢だった車に関わる仕事ができ、充実しています。

筑波大で学んだことは今の仕事にどのようにつながっていますか。

大学・大学院を通して彫塑を専攻し、立体の造形について学んでいました。学生時代に今の仕事で使っているクレイは使ったことがありませんでしたが、内側からハリを感じる立体を作るにはどのように造形すればよいか、どの角度から見ても美しく見えるようにするにはどうすればよいかを考えながら立体を制作した経験は今でも役に立っていると感じます。

トリノに来て3年目ということですが、海外で仕事をすることは想定されていたのですか。

入社した頃は全く想像していませんでした。上司に海外での仕事に興味はあるかと聞かれて面白そうだと思ったので、2019年5月からトリノに行くことを決めました。
あまり不安はなかったですね。言語の勉強もほとんどせずに来てしまいました(笑)。

コロナ禍で出勤が難しい時期もありましたが、今は外国人のスタッフと一緒に対面で仕事をしています。外国人スタッフは全体の6割ほどを占めていますが、海外スタッフからは刺激をもらっています。特に彼らが描いたスケッチを見ると「守ってくれそう」「速く走れそう」など車を購入する人がその車にどのようなイメージを抱くかを意識しながらスケッチを描いていることが伝わってくるんです。日本のデザイナーももちろんコンセプトを大切にしていますが、外国のデザイナーは「こういう車にしたい」というデザイナー自身の感情をぶつけるようなスケッチが多いように思います。日本では外装のデザインよりも車内の広さなど内装の機能性が優先されることも多いですが、海外では車自体のコンセプトやたたずまいを大切にしているとも感じますね。自分も小手先の技術だけではなくて、完成した後の全体像やバランス、面の質感を考えながら造形するように心がけるようになりました。

最後に筑波大の後輩へメッセージをお願いします。

一見芸術の分野から遠いように感じる自動車業界ですが、学生時代に学んだことを生かせていると感じる場面は多くあります。今大学で勉強していることがそんなに将来に役に立たないのではないかと考えている人も多いかもしれませんが、将来意外なところで生きてくるかもしれません。きっと今学んでいることが無駄にはならないと思うので、皆さんこれからも頑張ってください。

文・車谷郁実(社会学類3年/筑波大学新聞記者)

圖子 哲哉さん

スズキ株式会社 商品企画本部
四輪デザイン部 欧州デザイングループ モデラー

2008年度 筑波大学芸術専門学群 美術専攻彫塑領域卒業
2011年度 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 芸術専攻彫塑領域修了