兵庫県立美術館

剣持翔伍さん/兵庫県立美術館学芸員

―現在のお仕事について教えてください。

兵庫県立美術館の学芸員として勤めています。赴任したのは昨年(2021年)4月で、現在は収蔵品の調査や整理、データ管理などの仕事をしています。学生時代は書領域を専攻していたため、特に中国書画を中心とした古美術を担当することが多いです。他にも、展覧会を開催する際には、作品のキャプション作りや、展示に関わるスタッフの手配なども行います。学芸員を務めて1年になりますが、一番近くで作品に触れられるということが、とても幸せだと感じています。学生時代は図版や本を通して作品に触れることが多く、現物に対し距離がありました。職場では、実際の作品に触れる機会が多く、作品そのものが持つ力強さを感じています。

―学芸員になられた理由は。

進路についてはさまざまな選択肢がありました。研究職に就きたいという意識もありましたし、学群生時代は教職と学芸員の資格も取っていました。その中で学芸員を選んだのは、偶然のご縁でした。博士後期課程で私は中国の北京師範大学に留学しました。ですが、新型コロナウイルスの影響で、現地には5カ月しか滞在できず、2年間を予定していた留学のほとんどが、日本でのオンライン受講になってしまいました。オンラインで学べることに限界を感じていた時、たまたま兵庫県立美術館の書跡を扱う学芸員の公募を見つけました。学芸員の公募が出るのは決して多くない貴重な機会です。また、自分の専門である書について扱えるならぜひやりたいと思いました。募集期間が迫っていましたが、「やらない後悔よりもやった後悔。やってみなければ分からない」という思いで応募し、今の仕事につながりました。学芸員になったからといって、決して研究職から離れるわけではありません。学芸員の中でも研究をされている方はいますし、仕事柄「書」について考える時間が多いので、研究の糸口に多く巡り合うことができます。まだ一般に広く知られていない作品を1番に見られることも大きな強みです。

―書と出会われたのはいつごろですか。

書と出会ったのは高校生の頃。高校生たちが大きな用紙に、大きな筆を使って書道を披露する「パフォーマンス書道」が普及し始めたころで、全国的に書道ブームが巻き起こっていました。その面白さに惹かれ、書道部に入りました。書道部では、文字のキレイさや可読性にとらわれない「前衛書」や立体物の制作に取り組むなど、一般的な書道とは少し異なった活動に興味を持ちました。高校生から書道を始めただけに、他の部員に比べ技量には差があり、「みんなと違うことをやってみよう」と思ったからです。

―筑波大への進学を決めた理由は。

書道部はとても面白いものでしたが、書道を進路にしようとは考えていませんでした。書道とは別で魚や動物に興味があり、筑波大の生物学類などを志望していました。転機が訪れたのは高校3年時の大学説明会。高校に、筑波大の入試を管轄するアドミッションセンターの方が来て、そこで初めてAC入試の存在を知りました。書に関する選抜試験もあり、「せっかくのチャンス。やってみなければ分からない」とAC入試の受験を決めました。試験では、書道部での活動や制作した作品について説明しました。倍率は高かったですが、無事合格できました。

―筑波大での学生時代を教えてください。

実技に苦手意識を持ったまま入学したので、当初はとても大変でした。周りの同級生は書が驚くほど上手で、ついていくだけで精一杯でした。知識も足りず、なんとか授業を受けていたことを覚えています。2年生になると、徐々に専門的な授業が増え、その一つに中国書法史がありました。中国書法史とは、中国における書の歴史や表現技法の変遷について学ぶ学問です。もともと歴史には興味があり、「この分野なら、今から頑張れば自分の得意分野にできるかもしれない」と思い必死に勉強しました。書法史の研究は、学群4年間では満足できず、大学院への進学を決めました。進学後は、研究者という進路への意識がはっきり出てきて、博士後期課程に進学しました。

―最後に筑波大の後輩へメッセージをお願いします。

一つ目はやってみなければ分からないということです。私がAC入試を受験した時も、学芸員の募集に応募した時も、何か大きな決断をするときは、この気持ちをもって挑んでいました。やってみてだめだった時は、その時考えれば良いのです。そして思い立ったら行動してみてください。特に私は、入学直前の東日本大震災、そして現在のコロナウイルスといった想定外の出来事で、何気ない日常のかけがえのなさと決断のタイミングの重要性を痛感しました。ぜひ時間を大切に、やりたいことがあれば積極的にチャレンジしてみてください。次に人間関係を大切にすることです。私は、学群1年から博士後期課程まで、11年間大学に在籍していました。その中でたくさんの先生、友人、先輩、後輩と出会いました。たくさんの人に支えられた大学生活はかけがえのない時間です。筑波大での生活とご縁があったからこそ今の自分があり、これから生きていけると思っています。さまざまな人と知り合い、学びをより豊かなものにしてくださいね。

文・天野隼大(比較文化学類3年/筑波大学新聞記者)

剣持翔伍さん

兵庫県立美術館学芸員

2014年度 筑波大学芸術専門学群 美術専攻 書コース 卒業

2021年度 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 博士後期課程 芸術専攻 書領域 修了