秋田公立美術大学助教、作家

尾花 賢一さん/秋田公立美術大学助教、作家

尾花賢一さんは作家として活躍しさまざまな展覧会に出展しています。昨年開催された「VOCA展2021」では大賞を受賞。大学院2年時から東京都の中学の美術教員として勤務する傍ら、制作活動を続けていました。現在は秋田県に在住し秋田公立美術大学の助教を務めています。

現在のご職業に至るまでの経緯を教えてください

大学院1年時に受けた教員採用試験に運良く受かり、2年時から中学の美術教員として働き始めました。しかし院生と教員との「二足のわらじ」では、制作活動や研究に集中することができず、大学にも2、3回くらいしか行けませんでした。もし2年時の1年間があれば僕は違う作家として花開いたんじゃないかと思う時もありました。教員としての筋道が見えてきたのと作家への名残惜しさが同居していたのが11年間の教員時代でした。

制作活動も並行していたため、睡眠時間が削られていきました。これはだめだと思った時に、ちょうど妻の実家がある秋田県の美術大学の助手のポストが空き、妻に背中を押されて採用試験を受けてみました。

そしたら、落ちました(笑)。結局は採用された人が辞退し、秋田公立美術大学の助手に就きました。そして、2022年の春から助教です。

尾花さんの作品は、油絵だけでなく、彫刻や漫画風なタッチの絵などさまざまな作品がありますね

大学時代は油絵専攻で卒業後も油絵を続けていたのですが、実は20~30代の時、全く描けなくなった時期がありました。

小さい頃から絵が好きで、描けば褒められたり賞をとったりと、自信を持っていたので、大学でも「僕には油絵しかない」、「みんなが油絵をやめても僕だけはやり続ける」という思いを持ち続けていました。ただ、現代美術と言われるものに出会って、憧れがありつつもそれに繋がることができないもどかしさも抱えていました。絵筆を取りイメージを持って描くけれどそれが完成までいかないという日々が続きました。今思えば、褒められたいとか評価を得たいという気持ちが強かったんだろうなと思います。

頑なに自分には油絵しかないと思っていたのをほどいてくれたのが妻の言葉でした。「ここまで来たら好きなようにやればいい」と。あとは秋田で出会った人たちが美術の範疇に止まらない活動に打ち込んでいて、表現の多様性に気づいたからですかね。

数々の展覧会に出展されていますが、特に印象に残っているものは

2019年にアーツ前橋で開いた展覧会「表現の生態系」です。群馬県の赤城山を中心とした信仰や風習、歴史を(漫画風のタッチで)描きました。そして町の周辺にはヤンキーというかアウトローが多いということもあるので、そのことも作品に組み込みました。
その展覧会でチームを組んだ文化人類学者の石倉敏明さんは、人も動物も自然も全てが循環するような関係として見ていて、時間軸も広く紀元前から現在から未来に至るまで捉えている方で、そういう世界観に影響されました。
それまでは自分の体験、過去の記憶とかをテーマとしていたのですが、歴史や人類学など学術的な体系も取り込みながら考える習慣がつきました。

「表現の生態系」での経験は、大賞を受賞したVOCA展にもつながっていますか

そうですね。VOCA展では開催地である上野をテーマに作品を制作したのですが、上野は、北関東からの東京への入り口であり、国立の美術館や動物園、ふもとにはアメ横のような雑多なマーケットもある。歴史的には幕末の上野の戦いがあったり、ホームレスがいたりいろんなアンバランスな状況が同居している状態です。その一個一個を調べてテーマにしていくことからスタートしました。
制作では二転三転がすごく大事です。最初にゴールのイメージは作りますが、それが順当に最後まで行くと作品としてはちょっとつまらなくなるんです。だから主題を並列するのではなく、ひっくり返してみる。散りばめてみる。そうするとダイナミックになったり意外な発見につながったりします。

尾花さんと言えば「覆面の男」をモチーフにした作品ですが、いつから作り始めたのですか

小学生の時に、父が出張先から持ってきてくれた、バリやスマトラの民族のお面を描いていたことがきっかけです。
そこから次第に覆面ヒーローを描くようになったのですが、段々自画像に近づいてきて、それなら一瞬で倒されてしまうようなモブキャラの方が自分にあっているなと思い始めました。それがちょうどスランプの時期で。すごく苦しくて制作も上手くいかないし評価もされないけど、泥だらけになりながらもがいている自分自身を励ましたかったのです。
覆面の男は僕の大事なモチーフで、それを使えば作品が成立しちゃうんですよね。だからこそ、VOCA展ではあえて使いませんでした。今後も、距離を置いたり近づいたりしたいと思っています。

最後に筑波大の後輩へメッセージをお願いします

表現の世界で成果を出すというのは時間がかかるし、答えがいつになるか分からない活動になると思います。ただ、成果とは賞だけではなく、人それぞれです。どこかのギャラリーで展示したとか発表したとかでもいいですし、すごく良く描けたとかでも。続けていくことで何か自分の幸せな世界に連れて行ってくれることもあるんじゃないかなと思います。その幸せは、日々の風景の中で純粋に制作に打ち込めているということでもあるのではないでしょうか。

文・山田優芽(比較文化学類3年/筑波大学新聞記者)

尾花 賢一さん

秋田公立美術大学助教、作家

2003年度 筑波大学芸術専門学群油絵専攻卒

2005年度 筑波大学大学院芸術研究科油絵専攻修了