2024年3月5日から3月15日に「造素形材 表現 マテリアル 吉田伸×小野養豚ん×いしばしめぐみ」と題して、特殊素材による生きものをテーマとした作家の展覧会を開催した。東京都港区に所在するオリエ・アート・ギャラリーにて研究作品と本研究について公開した。芸術における生きものの表現は、時代を超えたテーマとして取り上げられて今に続いている。様々な視点からアプローチした3名の現代作家による立体造形作品展である。
本展に向けて、筑波大学芸術系の林みちこ准教授に評論していただいた。
「 美術の歴史は、多くの作家が技法素材と格闘し続け、表現の拡張を試みるなかで織りなされた。最近になり「触れてみる美術」としてユニヴァーサル鑑賞の取り組みが行われるようになるまで、視覚芸術である美術が「展示」される際は、平面立体問わず触覚による認知を想定しておらず、作家たちは量感、滑らかさ、時には体温までが眼によって感じられるような造形を追究してきた。
本展覧会の基盤となる研究では、不飽和ポリエステル樹脂の着色剤に油絵具を用いて本物の皮膚のような繊細な色を持つ樹脂を作り、その上で対象物を造形することに成功した。それは従来の、成型後に塗料を吹き付ける方法とは対極をなす技法の革新と言える。
研究代表者である小野養豚ん氏の作品に度々モデルとして登場する白豚は、作家の説明によれば体温の高いところが赤みを帯び、また部位により黄や白など肌の中に「様々な色の変化」を持つ生きものであるという。皮下の色の諧調を知り尽くした小野氏の作品の肌理は、触れてみたいという感情を喚起するような生命の温もりを伝える。
いしばしめぐみ氏は精霊や妖精など想像上の存在をモティーフに、私たちに新しい視覚体験を提示する。その技法は粘土や発泡スチロールで作った原型を石膏やシリコンで型取りした上でジェスモナイトという安全性の高い新素材に鋳込み、水性の絵具でヴィヴィッドな色彩を纏わせるというものであり、作家は眼に見えないものを手わざによって「出現」させる。
吉田シン氏は、主催するアトリエアルーアにおいて特殊メイクや特殊造形を手がけており、本展覧会では、人体から直接型取りするライフキャスティングにより制作された石膏やシリコン製の「花器」に生花や造花を生ける。作家が「自然の美に対する敬意」であると語る制作意図のとおり、作品は人の身体と花々が持つ固有の色彩、かたち、質感を崩さずに造形される。
三作家の作品に共通するのは立体造形であることだが、その外観、つまり外界との境界としての、あるいは他者との接点としての「皮膚」の表現手法は異なる。フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティは、1961年の絶筆となった「見えるものと見えないもの」において、人間が何かを知覚する際に、主体となる自分の肉体と客体である対象物が互いに相互侵食しているとして、身体が肉であるのと同時に世界もまた肉であるという理論を展開した。この「世界の肉(la chair du monde)」は物質の内部と外部を分かち、また繋ぐ役割を持つものとして用いられた独自の用語である。本研究において「肌理」を表現するため考察を繰り返している「内部着色」の実験もまた、生きものの肉体の内と外を知覚することで見える世界の拡がりを我々に問うているのではないだろうか。
林みちこ(筑波大学芸術系准教授) 」


左/《無題》2024年 W40×D90×H110 cm ミクストメディア
中/《無題》2024年 W70×D65×H160 cm ミクストメディア
右/《無題》2024年 W40×D130×H130 cm ミクストメディア
撮影:CHANG JIANG

左/ 《PONY》 2024年 W66×D11×H62cm ミクストメディア
右/ 《HOSHIUMI》 2024年 W52×D50×H105cm ミクストメディア
撮影:CHANG JIANG

左/ 《Hide and Seek (Flam/炎)》 2023年 W40×D130×H130cm ミクストメディア
右/ 《Hide and Seek (Aqua/水)》 2023年 W60×D20×H130cm ミクストメディア
撮影:CHANG JIANG

撮影:CHANG JIANG