美術教育の成果と現状


美術教育の伝統と成果

 我が国における戦後の美術教育は、H. リード『芸術による教育』などに見られる、民主主義の理想と芸術の役割を重視した思想のもとに出発しました。昭和32年の教育課程改革論議の中で、元文部大臣森戸辰男は、調和のとれた人間形成のために美術教育の果たす役割を強調し、また美術教師の団体は、美的情操の教育が道徳の基盤であること、デザイン教育が産業の振興に不可欠であること、感覚の陶冶が科学技術の基礎であることなど、美術教育の意義を訴えてきました。

 現在の小・中・高等学校における美術教育の成果は、主体的に学ぶ力、思考力、想像力、創造性、表現力、意欲と自信、感性、愛情、生きがいなどを育てていくために積極的な役割を果たしています。また、障害のある子どもたちの成長にとって、造形という具体的な行為を通して、表現の喜びや達成感を味わいながら、機能訓練や社会的なつながりの発達にも貢献する美術教育の役割は、欠くことのできないものであると言えるでしょう。


美術教育の現状と課題

 社会一般における経済効率優先の価値観や学歴偏重などが、美術教育に対する無理解の背景にあります。一方で、学習者の生活感覚から遊離した美術観や、自己表出中心の指導などが、教科のあり方を狭めてきた面も指摘することができます。

 小学校においては、図画工作は児童の最も好む教科の一つであるにもかかわらず、専門の教師が少なく、研修の機会も限られるため、画一的な指導計画や見栄えのする作品を重視しがちであり、美術教育本来の目的にとっての障害となっている側面が指摘できます。また、中学校における時間数削減の影響は、単に学習者にとっての授業時間の縮小というだけではなく、教師にとっても多数の生徒を短時間ずつ教える実態となり、個人に応じた指導を重視する美術教育の利点を損なう現状となっています。また、高等学校における美術・工芸科の常勤教師の割合の大幅な減少は、学習者が充分な教育を受ける環境を奪うものです。 


中学校美術科において、教諭一人当りの授業週20時間に対し、2、3年生各週1時間の授業を担当したとすると、20クラス800人の生徒を教えることになります。すべての子どもの顔を覚えるのに何日かかるでしょう?週1時間の授業は、個に対応した教育を行ってきた美術科の本質を損なうものです。


世界各国の学校教育における美術の役割

 文化の発展と子どもの有機的な発達過程を重視する世界各国の教育制度において、美術教育は重要な役割を果たしている現状を見ることができます。

 中国では、9年間の義務教育において美術科は必修となっており、40種類以上の美術教科書が出版されるなど、広大な国土と各地域の文化に対応した多様な教育内容が成果をあげています。今後は、経済発展にともなった新しい文化の建設に向けた美術教育のあり方が重視されるでしょう。

 韓国では、進展する教育改革の中で、知識の獲得重視から知性と感性の統合された教育のあり方への転換が見られ、美術を通しての人間形成という学習者中心の思想を重視した「国民学校美術科」の学習が指導要領として成立しています。

 アメリカでは、制作・批評・歴史・審美の各領域(ディシプリン)の関連を重視した系統的な美術教育の研究、いわゆるDBAE運動が、民間の財団の援助を受けて活発な活動を見せています。

 ドイツでは、今日の社会における視覚情報の進展に対応して、あらゆる視覚を対象とした「美的教育」という側面を重視した美術教育が研究されています。

 フランスでは、「造形美術科」が普通教育の中に位置付けられ、人間の有機的な発達を促す教育として実践されていますが、指導要領に示された芸術教育の領域は、造形美術や音楽のみに限らず、現代の多様な芸術形式への接触を示唆しています。

 イギリスでは、美術は国家統一カリキュラムの必修教科として位置づけられ、また中等教育修了認定試験における正式科目として、多くの生徒に学習されています。中でも、多元文化主義に基づく異文化理解や批評などの学習が、活発に研究されています。



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