質的転換を問われる教育

教育改革における課題

 今日求められている教育改革における課題は、人間としての本質的なあり方を模索するための学校教育への転換であると言えます。すなわち、私たちは、効率と量的拡大を中心としたこれまでの学校教育のあり方を根本から見直し、人間中心のカリキュラムに基づいた教育へと、その質的転換を図らなければならない時期にさしかかっているのです。

 学習指導要領の改訂は、当面の社会的要請や教育課題に対応するための「応急措置」であるよりも、教育こそが次の時代を切り開くという、未来への展望をもった教育理念に貫かれたものである必要があります。また、教育実践を担う教師の役割を重視した、内側からのダイナミックな教育改革のあり方や、多様化を促す「柔らかいカリキュラム」の可能性にも期待するべきでしょう。


変貌する子どもたち

 現代の日本の社会は、不健全な「学習中心生活」を子どもたちに強いています。子どもたちは、学歴競争のために、人とのつながりを犠牲にして、「なぜ?」を問わない学習を継続させられて育つのです。このような環境は、子どもたちの成長にさまざまな影響を与えています。例えば、遊びと群れの経験を喪失した子どもたちの、いわゆる「グループ・マインドの変質」は、人間関係の発達という観点から問題を投げかけています。また、与えられた「正解」を獲得することにのみ慣らされた学習における「インテグレーション(統合)の欠落」は、知的活動のもつ本質を子どもたちから奪っています。そして、自らが何であり何をしたいのかという生きがい観に乏しい「自己実現への消極性」や、社会的目的や他者への関与を軽視する「萎縮した個人主義」を見ることができるのです。


教育の質的転換

 私たちの社会に求められる教育の質的転換とは、何でしょうか。第一に、「共生の価値」を重視する学習への転換です。調和と共存の理念を重視し、「全体性の関係に自ら気づくこと」を新しい学力の基礎に据えて、学習者の主体性を回復する必要があります。第二に、「自己実現」を援助する学習への転換です。知識獲得中心の学習による知性と感性の亀裂から子どもたちを救い、「なぜ?」と主体性への還元を常に問うような学習の質を求めることです。第三に、「社会・自然・文化」に開かれた学習への転換です。現代の子どもの「直観、実践、生活」の欠如に対して、これらの環境に関わる相互作用の体験は、「学習の社会化」として重要でしょう。第四に、「見える学力」から「見えない学力」をも含めた学力観への転換です。表現力、創造力のように数量的に測定困難な学習の成果を重視し、人間の成長過程の全体性と関わる視点が求められているのです。


教師教育における課題

 教育の質的転換を実質的なものにするためには、教員養成制度の抜本的な改革も視野に入れる必要があるでしょう。特に、我が国の教員養成における問題の一つは、教師の専門性を明文化した規定が存在しないという点です。この点では、「専門的教授能力」と「社会的指導者」としての専門性を定義したアメリカの提言が注目されます。また、準備教育、導入教育、現職教育の各段階が有機的な継続性を持つような、生涯教育としての教師教育の視点が充分ではありません。この点では、ドイツの「試補制度」のあり方が参考となるでしょう。

 美術教育における改革の課題も山積しています。専門の美術家養成の教育と、学校教育の美術教師養成との関係について、再検討が必要でしょう。そして、教育の質的転換に積極的に貢献できる授業を創造する能力を養成するための総合的な観点に立った研究・教育体制を確立する必要があります。学校教育の現実を見据える「生きた教師教育」への発展を目指して、教師の段階的な成長を視野に入れた、社会に開かれた研究体制や教育改革を先導するような実践的教育研究の拡充を図っていくことが望まれます。



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