創造的な未来へ向かって


子どもの発達と造形活動

 我が国の経済発展は子どもの育つ環境を大きく変容させ、間接的な体験のみが飛躍的に増大した偏った生活世界をもたらしているという現状があります。子どもは元来、具体的な事物に触れる造形的な活動を通して感覚やイメージを豊かにし、世界への認識を発達させていくものです。造形や美術に関わる活動の中で、直接事物に触れて感じ取り、イメージによる思考を媒介させ、いわゆる「主体知」とも言うべき学習の成果を発展させていくことは、人格の調和的な発達にとって欠かせないものなのです。 

 アインシュタインが「私は言葉ではなく、イメージで考える」と述べ、建築家ガウディが「造形力は感情と論理の均衡である」と述べたように、人間の創造的な思考活動にとって、感性やイメージの果たす役割は、非常に大きなものがあります。そしてまた、自己教育力や多様な価値観を育む教育には、想像力の働きが欠かせません。想像力とは、既成のイメージを更新したり、相反するようなイメージを結び付けたりすることによって、自らの経験を再構成し、新しい世界を生み出そうとする作用であるとも言えましょう。そしてこの想像力の育成こそは、美術の表現活動が本来的に持っている基本的な特質でもあるのです。


現代社会における美術教育の新たな役割

 視覚的な情報が氾濫する今日の社会においては、それらをを的確に読みとり、活用する能力の育成は、ますます必要になってきています。それは、個人がいわば情報洪水の中を主体的に生きていく力として必須のものであるだけでなく、情報の本質を見抜く判断力が市民の中に形成されているかどうかが、社会が健全な発展を継続していく上で不可欠のものであると考えられるからです。こうした、ビジュアル・リテラシー(視覚的な読み書き能力)は、適切な学習によって啓発され、習得される性質のものですから、この問題に対する今後の美術教育の役割は極めて大きいと言わざるを得ません。 地球環境と共生していく態度の基盤を、子どもたちの中にどのように形成していくかという問題も、今日の教育にとって必須の課題です。人間が外界に存在する素材に直接触れ、働きかける体験から、自然などの環境と一体化し、つながっているという認識を、体感のレベルから育んでいく働きは、造形行為の本質にあるものです。また、環境としての文化を学ぶという視点も重要です。私たちの生活を育んできた地域の文化への再認識や、国際化社会の中でますます必要とされる異文化理解の学習において、美術・造形文化は、優れた教材としての役割を果たすことでしょう。


真の「文化立国」へ向けて 

 我が国に対する国際的な評価は、必ずしも「経済大国」だけとは限りません。質の高い文化を愛好し、美と調和が生活に息づき、優れた品質とデザインの製品を世界へと発信する、香り高い文化の国という評価も一部にはあるのです。しかしながら、こうした評価を真に実質的なものとし、揺るぎないものにしていけるかどうかは、私たちの社会が教育の質的転換を成し遂げて行くことができるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。

 美術教育による、我が国の美術・造形文化の発展と人々の美意識の向上は、経済発展と質の高い生活、そして世界に向けて発信できる文化の創造という大きな目標を支える基盤となるものです。文化の衰弱した社会に人々の幸福などありません。21世紀を担う子どもたちが、感性や自由な想像力の翼を、私たち以上に存分にはばたかせ、創造性あふれた未来の開拓者へと育ってくれるよう、これからの教育のあり方を真剣に考えていこうではありませんか。



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