12.日本・西洋という二重性

 B教諭は、西洋の美術教師が言うところの芸術家-教師である。しかし、日本では芸術家・教師であることは西洋とは異なっている、というのは、日本の美術は常に高度の模倣と折衷性によって特徴づけられているからであり(ストーリー,1960)、また、ある意味では、東・西という二重性は現代日本の美術と生活に浸透している要素だからである。私にはおかしく思える日本の学校の美術教科書の西洋美術に対する偏重は、美術や文化を外国から常に借りてきた国では当然のことなのである。数世紀にわたる外国の文化的侵略は、日本国内の室内装飾にはっきりと見ることができる。

  斉藤夫妻の眠り人形のある壁上の小さな神社、すなわち神道の「神棚」の近くに、小型の仏壇がある。それは、6世紀の中国からもたらされた、古き時代の日本への最初の文化的侵略の名残りである。狭苦しい台所の中には、斉藤氏の会社の一友人からの贈り物の残りのスポンジ・ケーキがある。カステラとして知られる、このようなタイプの菓子は、キリスト教とともに16世紀にポルトガル人によって日本に紹介されたものである。キリスト教は、2世紀以上にわたって日本人に拒否されたが、菓子は受け入れられてきた。幾分初歩的なものではあるが、有益な科学的な知識を含むオランダからの第二の文化的侵略は、主としてオランダ人から得たものであり、最初のものと比較すると本質的なものではなかったが、それ自体重要な反応を生み出した。

 日本が外国への通商開国を迫られた直後の19世紀の中葉に始まった第三の侵略もまた西洋からのものであり・・・・その現われは、斉藤氏の家庭でも、多すぎて一覧表にできないほどである。
 それらは、裸電球から靴、玄関においてある長靴に至るまで、そして、戸棚の中の洋服掛けから、台所のドアの近くにある子供用自転車の空気入れに至るまでを含む家庭の中にあらゆる西洋的用品を含むといえるかもしれない(ストーリー,p.19)。

 ストーリーは、日本人の模倣の才能は西洋人を二者択一的に面白がらせたり、苛々させたりすると述べている。彼の見解では、選択したり、借用したり、外国の考え方や技術を取り入れたり、「日本化」したりする才能は、「積極的見解」の表現である(p.31)。自身の文化よりも他の文化に直面すると、飽くなき好奇心と学ぶ情熱を繰り返し示してきたことは、日本人の主要な力である。


previous 003-13 next