7.視覚的な展示物

 多くの英国人あるいは北米の参観者と同じ様に、生徒の美的感覚を発展させるための一般的な教育的配慮がどのように為されているかを計るインディケーターとして、私は学校内に美術作品がどれほどあるか探し求めた。

 英国人としての私の観点からすれば、A中学校の壁面に生徒作品があまり飾られていないということは上記のような重要性が無視されていることを示している。しかしながら、それを貧弱な美術設備と関連していると言うことは出来ない。美術教育の質の判定にこのような基準を用いることは、文化的な偏向であるのかもしれない。

 現場の先生達から聞いた、日本の教師が子供の作品を展示することをためらう3つの解釈とは、第一に、作品が指導の不適切さを明らかにしてしまうこと。第二に、そうすることが奨励されていないこと。第三に、作品よりも製作過程が重視されていること、であった。比較教育の文献では、日本の学校の「簡素な実用主義」を日本の教育哲学に関連させ、儒教の時代に遡る禁欲主義の伝統と結び付けて論議しているものがある。(ローレン,1983,p.199;ホワイト,1987,p.17)。非西洋的信念は、子供の学習意欲が子供の内部にあるとするので、子供の作品や他の視覚作品を展示することを優先的に行わないのである。そして、自己修養や頑張り(hardship)を通じての人間形成に高い価値を与える。日本的儒教教育の伝統は、ある意味で、他との調和的な関係を保つことができるように子供を「人間らしく」することに力点が置かれているので、競争は回避されるのである。


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