3.美術のカリキュラム内容

 B教諭のカリキュラムは、年度を通してがっちりと問題解決を図るものであった。それは、6週間同じような題材と教材に、彼の全てのクラスが取り組むことを含むものであった。

 秋は、「美しい色彩の季節」である。したがって私は、風景画の授業を参観することになった。この授業を私は、殆ど参観したので、それについて詳しく述べてみたい。

 「それは、T公園における全校写生会の計画から始まった。美術の教師達はこのイベントのために、それぞれ2時間を割いて、何をどのように描くのかについての話し合いを生徒と持った。B教諭は、あらかじめ撮った公園の写真を用いていた。ある素晴らしい天気の日に、A中学校の全校生徒達は、赤と白の指定の体操着を着て、画板にクリップした白画用紙を手に、徒歩で公園に向かい、自然描写の学習に真剣に取り組み始めた。

 ベンチに腰をおろしたり、草上にしゃがんだりして、生徒達は、桜の木や遊歩道、あるいは、お城の掘で満開になっている蓮の花を展望して、構図をさだめるためにファインダーを用いたのち、几帳面に鉛筆で下書きを描いた。午後も終わる頃、何人かの生徒が、携帯用の絵の具セットを開いて、絵の具を薄く塗り始めた。この作品を学校で仕上げるのに3ないし4時間が費やされた。各授業の始めにあたってB教諭は、例となる作品を幾つか選んで生徒に見せて、話し合いの焦点とした。何を彼が話しているのかは、大部分は意味が聞き取れなかったが、私はある場面では、彼が他のクラスの生徒を用いて近景、中景、遠景の指導を具体的に行おうとしているのだという見当がついた。

 生徒の進み方は大変遅かった。そして、生徒はお互いの苦労している点、特に多様な水彩効果のあげ方に関して、綿密に検討していた。数人の生徒は、まるまる50分かけて、例えば、木の葉の緑を出すための混色をしたり、一本の木のイメージを出そうと色の小さな斑点を塗りつけたりしていた。最終的に作品は、技術的に素晴らしいものになり、そして、均質なものとなった。人物を取り入れた生徒は殆どいなかった。」

 他の授業で、私が最初から終わりまで参観したのは、工芸の授業であった。それは、生徒が小さな音笛・オカリナを粘土から製作する授業であった。B教諭は、事前にプリントを配付したが、それには、4種類の音笛の形が段階を追ってできるように具体的な説明がなされてあった。生徒はそれに従って、机上の粘土版の上で、調合された粘土を用いて製作し続けた。そして、鳥や魚の形をしたオカリナが出来上がった。音楽的効果を得るには、かなりの程度の技術と正確さが求められた。笛は内部を空洞にして、11個の穴を穿たなければならなかった。そして、次ぎには、笛の片端に正確な角度で口に加える部分が慎重に取り付けられなければならなかった。何人かの生徒達には、大変手助けが必要であった。生徒達が、最終的には楽器の効果を確かめる時間では、耳が張り裂けそうな思いをした。

 日本の美術の授業内容は、文部省認定の教科書に言及することなくしては語れない。A中学校の生徒も美術の教科書を他の生徒と同様に各学年持っており、さらに、副読本もまた購入し使用することが熱心に求められていた。

 一学年用の美術の教科書は、約40頁のイラストレーションと文章よりなり、上質紙に印刷されており、各見開き頁は、美術、工芸、の教材に向けられ、予想される題材やテーマについて概説してあった(例:人物画、ポスターのデザインとレタリング、木版画、あるいは焼き物の動物)。そして、西洋や日本の美術家やデザイナーの作品の色質の良い複製や数多くの同学年の生徒の作品例が関連する授業実践のためのガイドラインや説明と共に散見された。 紹介されている圧倒的多数の美術作品が20世紀の西洋絵画であり、それらは、英国の学校で生徒の作品に刺激を与えるのに人気があるものと一致していた。特に、フランスの印象派や後期印象派の絵画がそれであった。デザインの作品例は、英国あるいは、北アメリカの学校で用いられているものよりも、フォークアートや手工芸に関連しているもののように思われた。

 副読本は三年間使用のものであり、詳細な技法の説明を含むものであった。例えば、静物画で花の絵を水彩で描く方法や四角い木材から兎を彫る方法、風景スケッチから黒い紙でステンシルを創作する方法などが、段階を追って解説されており、それに関連する設備や道具の説明もされている。

 B教諭は学習指導要領や美術の教科書が日本の美術教育に与える影響を大変憂慮しており、それらが結果的に、硬直した非想像的指導と型にはまった作品を生むことに繋がることを嘆いていた。私は、彼が美術の教科書を授業で使用する所を見たことがなかったが、生徒は授業前や授業中にしばしば参考にしていた。生徒の授業を参観した結果、私は、彼が述べている信念と授業実践との間の葛藤に気付いた。彼は、教科書は自分の指導計画に全然関与するものではないというが、工芸の授業結果として表れた木製パズルの作品には、教科書の作品例と一致するものがあった。

 学習指導要領においては美術の鑑賞が強調されていたるにも関わらず、私が参観した授業では、たった一度しか美術について討議する時間がなかった。しかも、それは生徒作品についての討議に限られていた。B教諭は、私に上越美術教育連盟によって最近組織された米国視察旅行でDBAE(ディシプリンに基づく美術教育)に遭遇したことが、「生徒に美術作品鑑賞能力を発達させる」問いう目標に向かって努力する必要性があることに気付かせたと語ったが、私は、生徒が大人の美術作品について討論するように彼が積極的に奨励した授業を見ることはなかった。私は3年生全員が校外学習で、二つの展覧会を見に市役所と市博物館に行くのに同行したことがあった。最初の展覧会は、現代絵画で次には、地域のアマチュア美術展であった。B教諭は、美術鑑賞は「雪の季節」である3学期に行うと言い、日本の西洋美術のビデオや教科書形式の教授資料を見せてくれた。


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