筑波大学創造的復興プロジェクト × アップリンク

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千葉県 大学生 20代 2014年12月16日

仮設住宅の場面で、売るための物を作っている主婦のコミュニティが印象的でした。
困難な状況の下でも、作ることで救われるものがあるのだなと感じました。



東京都 会社経営 40代  2014年12月13日

震災で起こった事、原発の問題、まるで解決していない福島の状況、
これらを時の流れで風化させてはいけない、と強く感じました。
どこか日々の日常で流されがちですが、今回の映画を見て、改めて心に残りました。
私は40歳になりますが、子どもたちの世代に残していくこと、繋げていくことが大切なことと感じています。

一人目のお子様を亡くされた方の、必死な前を向く姿と言葉に胸が詰まりました。

既に起きてしまった事を繰り返さないようにしていくこと、
自分たちで出来る目の前の事を1つずつする事、
きちんと考えて選挙に行くこと、
繋がること、学び続けることをしていきましょう。

映画の制作や関係者の皆様、ありがとうございます。
感謝致します。



愛知県 会社経営  2014年12月6日

僕は家屋の解体業に携わっているという事もあり、震災後 福島に行かせてもらいました。
その時の 山越えをし 海沿いに出た瞬間の事を今でも忘れることが出来ません。
僕を含め三人で行き 三人とも言葉を発することが出来ませんでした。倒壊した家屋や道路 神社やお寺 遺体安置所になっている体育館。
映画の中の男性の人の言葉 『死を身近に感じて生き方を考えた』
僕もそれに近い感覚を覚えました。
と同時に 自分が生業としている解体業で商売としてこの地に入ることは出来ない。 そうも思いました。
何故なら 復興という意味では 必要なことなんですが 同時にお金を稼ぐ必要性が生まれること自体が個人的に納得できなかったからです。
あれからは 一度も東北には行っていませんが 仕事として東北に行っている人たちの話を聞くと
  ”儲かる” だとか ”当分安泰だ”なんて言葉をよく聞きます。
その人たちは 商売として東北に行っているので 当然の事なんでしょうけど 僕はその人たちの言葉を聞くたびに
自分が行かなくて良かった。 と 毎回思います。
この映画を観ても お金の為に行かなくて良かった。と さらに思いました。

次に映像の途中で出た 看板の文字
” 心まで汚されてたまるか! ”
放射能汚染に対しての言葉だと思いますが 僕も本当にそう思いました。
最後に 町民歌を歌っていた女性が言っていました。
『 なくなったものを数えるか 出会いなどの新しいものを数えるか 』 
男性が言っていた言葉
『 辛い経験はしたけど 不幸だと思ったことは一度もない 』
船乗りの男性の言葉
『 娘を失ってまで この船を守った意味を探している 』
僕は 人間という動物が 精神的に落ち込んだりするときは 何かを失い そして なくなったものばかりを数えているときだと思ってます。
今回の震災の被害者の方々は 逆に数え切れないくらいのものを 失ったんだと強く感じました。
その上で
あるものや 新しいものに 目をむけ 意味を探し 一つの糧にしようとしている姿を見て
この映画や この映画を通して伝わってくる 
” 震災の本当の意味 ” を とても考えさせられています。
当事者でもない僕が 何を見て何を感じ どうするのか? という事自体に意味があるのかはわかりませんが
同じ人間 同じこの日本にする人として
生きる意味 生きているという価値
そして
” 生き方 ” という 当たり前のようにある 時間の流れの中の軸を 再確認すると同時に 
” 何があっても 生きる ” という事を 常に選択する自分で在る事を決めました。
この映画が 人々に伝わり 
この映画を観た人たちが 何かを感じ 
その想いが 少しずつでも集まり 大きなうねりとなり
この国の人達に 
しあわせをもたらしてくれることを 
心から願います。

ありがとうございました。



沖縄県 ルーシーダットンインストラクター 30代 2014年10月29日

観終わってから、今に至るまで、表現が難しいのですが、
なんだかワクワクして、動きたくてムズムズする感じがあります。

私がいる沖縄は福島からは遠く、未だに被災地の方が日々を 辛く、悲しく、不安に包まれて生活をしている、 また、そういった思いに蓋をして、何もなかった「フリ」をして生活している、 などと、勝手に想像していました。

でも、この私の貧困な妄想は「いわきノート」を観て、完全に打ち砕かれました。

被災地の方が見せる様々な表情。その中でも特に笑顔。
笑顔がね、色んな笑顔があって、すごく良かったです。

今だって、問題や不安、悲しさが無いわけではないのでしょうけど、 2年半で、それらの思いに折り合いをつけながら、 「じゃあこれから、どう生きていこうか」、「今をどう生きようか」 ということに向き合ってる姿が、画面から伝わってきました。

しかも、その姿勢は大げさで騒がしいものではなくて、 静かで、生活の中に密着してるというか、 本当に「私」のこと、「ご自身」のこと、として向き合っていらっしゃるんですよね。

それがなんだかすごくカッコよくて、ステキで、胸にガツンときて。 すごくパワーをいただきました。
正直、まさかそんな映画だとは思わず、意外でした(笑)。
あくまで個人的な感想ですけど、観れて本当に良かったです。 ありがとうございます。

どのような状況においても、人間には選択する自由が常にある。

私一人の選択なんてすごくちっぽけなことかもしれないけど、 一人一人の選択うあ生きかたが、「世の中」を作り上げているので、 その自覚をもって、まずは自分からやれることをやってみます。

ステキな映画を作ってくださってありがとうございました。


島根県 主婦 50代 2014年10月21日

震災から2年半、現時点からは1年ほど前の映像が綴られています。
「311後」が日常になった日々です。
もちろん、ふつうの状態でも、ある時点から前の状態に戻ることなんて決してできないのですが、 311というポイントはそれまでの日常とは全く別の意味を持つフラッグが立ってしまっています。
2度と戻ることのない311以前の日常。
ただの地震、津波だけであったら、失った命は帰らなくても
日々の暮らし、田畑・野山・海、そういったものは10年20年とたてば 311以前に近づいていくことだったでしょう。
神戸の震災と違って、大きな十字架を背負ってしまった福島。
そこに暮らす人々の生の声を、脚色することなく、淡々と拾い上げた「いわきノート」。
福島の地にすくっと立って、まっすぐ前を向いて歩いて行こうという人々に畏敬の念さえおぼえます。

2014年、豪雨・台風・噴火と数々の今まで想像もしなかった災害が日本をおそいました。
明日は何が起こるかわからない、より強くそれを感じる日々です。
そんな中、川内原発の再稼働に向けて地方議会が動き出しています。
3年半たって、忘れてはいけないことをみんながどんどん忘れていっているような気がします。

あれからの「福島を知る」「福島を思い出す」
そのためにも11人の大学生たちがその目や耳でひろって届けてくれたこの「いわきノート」
さらに多くの人々の元へ届くことを期待しています。


福岡県 会社員 20代 2014年10月12日

二年半という年月の中で、それぞれが震災から感じた、思った思いを紡ぎ、乗り越えるように、 受け入れるように、努力したりして、そしてその意味を考え、色々な方法を模索し、その体験を周りに伝えている。

新しい道を歩みはじめた、それを感じさせるような映像でした。

映像内では、ワールドカフェ形式で、話し合い、意見がまとまっていく、それはまるで参加者一人一人がパズルのピースのよう、そのピースが一つでも欠けていたら、そのパズルは完成しなかった、そのパズルにはならなかった、そう思えました。

そして、そのパズルのピースを合わせ、完成させるように導いたファシリテーターの技量の高さも感じさせられました。

答えがないことに、答えを見つけ出す、それは100人100通りの答えがある。

だからこそ話し合う価値がある。

この映像の中で、私が特に印象に残った言葉があります。それは、「震災で失ったものを数えるのではなく、残されたもの、新しく手に入ったものを数える。震災がなかったら出会うことがなかった人に、出会えた。そして頂いた恩を忘れないで生きていく。」

私は今、福岡に住んでいて、震災時も福岡にいました。実際に震災を体験したわけじゃあなく、ニュースや映像で見たり、聞いたりしただけでした。しかし、この震災が起きたことで、人との関わり方、生き方を改めて見直そうと思いました。


大阪府 自営業 30代 2014年9月9日
映画を見て衝撃だったのが、最初の放射線量のアナウンス。
それを聞くだけで、多くの人の日常生活が一変してしまったことが伺えます。
農業・漁業などへの被害の甚大さ。故郷に住めなくなるという悔しさ。大切な人を失う悲しさ。
想像するのと体験するのとでは全く違うだろうと思います。

インタビューの中では、震災時の自分の行動により罪悪感を抱えている方もおられました。きっとその状況なら仕方なかったことだと思います。それでも、その時のことで葛藤する。こんな事は本当に多くあり、多くの方が様々な感情を抱えながら現実的な問題にも向き合っているのだと思います。

そんな多くの辛い経験をしながらもその中で、前向きに生きている姿勢や言葉には感動しました。 「震災があったから出会えた人がいる」と、辛くて仕方の無いはずの体験をとても前向きに捉える言葉は普通出てこないと思います。また福島の温かみのある方言で笑顔で話す映像では心が暖かくなりました。
ですが同時に、ふと見せる悲しい表情には胸が痛くなりました。

震災から3年半。今では震災後のニュースを大きく取り上げることが減っています。大阪に住む私は、いつの間にか、過去のこととして受け止めるようになっていました。また、あえてニュースを見ようとしていませんでした。ですが、今回この映画を通して、被災は現実的にも、心の中でもまだまだずっと続いているという現状を改めて知りました。
本当にいい機会だったと思います。


福岡県 主婦 50代 2014年9月4日
映画をWEBで拝見したのは丁度、安倍内閣改造人事が発表され
新しく数人の大臣が誕生した日でした。

テレビで報道される政治家やコメンテーターの言葉よりも
「いわきノート」の中の市井の人々の言葉の方が
心に響きました。

「壁」ということについて
いわきに住んでいる方の中に、放射能について考え方の違いで壁があるという
文脈で出ていましたが。
きっと、年齢によっても「復興」についての考え方に「壁」がありそうです。
そして、もっとも大きな「壁」は、震災にあった人々とそうでない人々。
放射能汚染で故郷を追われた人々とそうでない人々。
私は九州にいて3.11の日に呆然とテレビを見るしかなかった人間ですから
どうがんばっても、被災された人々と想いを共有することは不可能でしょう。
それでも、その人と人の間の壁を、言葉であるいはこのドキュメンタリーのような
映像で、小さくでも穴をあけていくことは可能ではないかと。
そういう意味で、今のいわきの人々の思いをきちんと記録として
残すことがとても大切だと思いました。

月刊誌「DAYS JAPAN8月号」の福島の母の証言集もすべて読みましたが
原発事故が人と人を、家族を分断したという声ばかりでした。
それが悲しいと。
しかし、でも、だからこそ、そこに「壁」があるということを前提にすれば
また、気持ちも考え方も変わってくるのではないでしょうか?

とても心に残ったのが
「(支援に対してのお礼状に書く言葉として)
震災は不幸な出来事でした。その不幸な出来事を
逆手にとれば、こうやって知りあうことのなかった人と
知りあうことができました。
それを大事に生きていくこと。
残されたもの、新しく手に入ったものを数えれば明日につながる」
どれほどの想いを経てこの言葉にたどり着いたのか
それを想像すると・・・・泣けました。

本日新たに閣僚となった方々に聞かせたい!


福岡県 主婦 50代 2014年8月26日
いわき市に住む色々な人の思いを知りましたが、いちばん印象に残ったのは仮設住宅の方の話です。 富岡町の歌と町の風景が心に残りました。



山口県 学生 20代 2014年8月24日
私は福岡県出身の大学生で現在山口県に住んでおり、福島県とは殆ど関わりのない人です。東日本大震災から3年が過ぎ、今もなお福島第一原発の話題を聞くたびに、私は「もう3年も経ったのだから、どうにかなっているだろう」と他所のことの話として捉えていました。
今回、「いわきノート」を観て、考えを改めることができました。私は津波の被害といえば、宮城県だと思っていたので、福島県も津波の被害にあっていたことを、恥ずかしいことに初めて知りました。また、様々な職業や境遇の人の本音を知り、東日本大震災について今一度考えなおすきっかけとなりました。
特に農業を営んでいる方が風評被害で困窮している場面では、メディアのあり方について考えさせられました。他には震災前と後を比較してどう変化したのかを話ししていた場面や、街を愛している人の話、これから前向きに生きていこうとする姿勢に感動しました。
この映画が一人でも多くの人に観てもらえることを願っております。
本当に観れてよかった映画でした。



京都府 学生 20代 2014年8月23日
私は3・11の震災の現状など全然知らなかったので、この映画を見ていろんなことを知ることができました。 印象に残ってることは、人それぞれいろんな感じ方があるんだなということでした。 震災や津波が起こったとき大変だと思った人だけではなく、それ以外の思いを持った人もいて、震災がおこったからこそ今やれることをやろうと思った人、つらい経験をしたけれど不幸だとは思ったことはない人…自分たちの世代で起きたのであれば自分たちで何とかしよう、という言葉も印象に残っています。私自身震災を経験したことはなく、実際に福島に住んでる人のことはわからないですが、かわいそうだと思うよりは、むしろ彼らは前を向いて生活してるんだから私も前を向いて頑張ろうと思いました。
うまく表現できないですが…
ラジオアナウンサーの方と元民宿を経営していた方がすごい好きだなって思いました。 民宿の方が、みんなに食べ物あーんってしてるシーンとかすごい好きです。とても笑顔だから私も笑顔になってしまいました。だけど実際は辛いんだろうなと思ったり・・・ この二人の方が一番印象的でした。 そして所々にある音楽と映像だけのシーンも好きです。なにか考えさせられたり・・・!
いわきノートを見ることができて良かったです。 取材に撮影に本当に大変だったと思うので本当にお疲れ様です。



リレーボイスとは?
リレーボイスは映画「いわきノート」を日本全国の方に見てもらう企画です。リレー形式でいわきノートを見て頂く方を繋いでいき、東京や福島に限らずに日本全国の方にいわきノートを知って頂き、各地での自主上映会のきっかけとなることを目指し、この映画を通じての人と人との繫がり、皆さんの声の繫がりを生み出します。このサイトではリレーの状況を随時中継していくと共に、参加して頂いた方からの感想をご紹介して参ります!