李 在瑩 / LEE Jaehyung
研究指導:蓮見 孝
高齢化社会におけるデザインの役割
-移動機器の開発を通じて-
A Study on the Role of Design for Aging Society.
-Through the Project of Developing a Vehicle for Aged Person.-

本研究は、高齢化社会におけるモノの開発についての新しい 可能性を、デザインを通して広げることを目的としている。 また高齢社会という状況に対応するデザインの在り方を、ボ ランティア的な人々による機器の制作か、あるいは大企業に よる閉鎖的な開発にまかせるのではなく、産学官民という地 域社会のネットワークにおいて開発する方法を実践したもの であり、作品「acti-EV」電動スクーターとして示すものであ る。

日本は、現在人口の15%が65歳以上の高齢者であり、2025 年には4人に一人が高齢者になると予測されている。それに 伴って、一人暮し、寝たきり、痴呆、といった要介護高齢者 の増加や、自殺高齢者(年間2万人、1989年)などの問題が 深刻化する可能性がある。

高齢者は昔から特別な待遇を受けてきた。社会において、 高齢者の経験や知識の教えが遺産だったからであり、またそ の教えの期間の短さと稀少な高齢者数という価値があったこ とにも由縁する。しかし、より早くしかも多様な情報が手に 入れられる情報ネットワークが重視されるようになってきた 現在、高齢者は違った特別視を受けるようになった。すなわ ち、ケアの負担というようなネガティブなイメージ、あるい は「かわいそう」というような見方である。

現在高齢社会をネガティブにとらえるのは、目にみえる今 の社会の仕組を前提に考えるからでもある。寝たきり高齢 者、痴呆高齢者などの要介護高齢者の問題は重要であり、そ の対応に努力していかなくてはならないが、人数でみれば高 齢者の8割はそうではない人々である。高齢者になってもその 持てる能力や経験を社会に活かしたいと考える高齢者も多 い。そのための社会的条件の整備がなされれば、高齢社会
が、暗く活力のないイメージのものでなくなる可能性は十分 にあると考えられる。そのためにもノーマライゼイションの 実現が求められる。    

高齢化社会という現状に対し、選択の幅が非常に広く、質 も高いテザインの乗用車が生産される日本で車椅子を見る と、機能的にもデザイン的にもまだまだ未完成のものしかな いというのが高齢者のための道具の現況である。高齢者機器 が、単なる医者の処方箋として与えられ、依然として高齢者 や障害者をネガティブに記号化する道具として存在する面が 強いからである。高齢者のための道具は更に人が使うものと して完成されたものにならなければならない 

技術文明の進歩とともに発展してきたデザイン分野も、社 会全体の要請に応じて専門化が進み、その結果としてモノを 生み出すデザインも、生産性重視、効率化優先の風潮のなか で、均質化、画一化してきた。この風潮が、余裕を無駄とし て排除し、人の心の豊かさを考えるデザインのゆとりを喪失 させている。特にこれからの高齢者機器デザインはゆとりを もった生活文化を構築するため、ものの機能や用途に偏重し たレベルから、さらに人間的で柔らかな発想を進めていかな ければならない。「ある行動が出来ない」という記号を表わ す福祉機器のイメージは、「こんなことも出来る」という記 号に変わるべきである。 これからの社会における商品の社 会的役割とは、真に豊かで楽しくまた美しい生活文化の形成 にいかに寄与するかというところにある。

作品「acti-EV」は、茨城県工業技術センター、筑波大学、工 業技術院、県立医療大学、ユーザー、県内の中小企業などの コラボレーションにより企画・開発され、平成10年に生産・ 販売される予定の、高齢者のための電動3輪スクーターであ る。本作品はその商品の方向設定のためのデザインコンセプ ト・モデルである。 

制作に先立って、「ヒト」、「場」、「コト」の仮設とし てのシーン発想から、イメージ・カタログの制作と、それを 使ったユーザーの反応の調査、そして移動機器の市場調査、 開発メンバーによるブレインストーミングなどを通して、コ ンセプトをつくりあげた。

「acti-EV」はコラボレーションによって形づくられてきた コンセプトに具体的な形を与え、製品モデルのデザインとし て提案するものである。

acti-EVは車外(EXTERIOR)と車内(INTERIOR)の概念 を持たせ「ドア」をもったコンパクト・ムーバーであるとい うところに特徴がある。それは機械が露出した駆動部の上に 既製のオフィス・チェア、或いは車のシートを載せたよう な、まだ完成されていない現在の電動3輪車椅子のデザイン の現状を進化させることにも寄与できると考えられる。また ユーザーの主な外出目的である買い物、レジャー、通院、散 策、仕事などの行動パターンに沿って、出入口、通路、エレ ベーター、長距離移動時の積載などがスマートに行えるよう に、可能な限りのコンパクト化を図った。

「acti-EV」は、明るいイメージの高齢化社会の在り方を、 道具のデザインを通して提案するものである。それは道具に よって社会の高齢者イメージを改善しようという考えから始 まった。その道具の機能性や、美しさを通して、現在の老人 の典型的なイメージを変え、地域の人々の老人観を変えさ せ、高齢者に意欲を持たせる画期的な社会を生み出すことが できると考える。





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