アートでひらく未来の子どもの育ち

〔未来の子どもの育ち支援のために 人間科学の越境と連携実践4〕

玉川信一/石葺a宏編著

明石書店 2014年 ISBN 978-4-7503-3963-4
リーフレットをダウンロード (PDF 2.4MB)
目次

シリーズ刊行にあたって

序章 アートと子どもの育ち 玉川信一

> 第1部 イメージと素材のつながりをひらく

第1章 創造に臨む態度−壁画制作実践に学ぶ 仏山輝美

第2章 版で描くということ−「刷り」を通した相互作用について 田島直樹

第3章 木と子どもの造形 大原央聡



> 第2部 造形的リテラシーと感受性のつながりをひらく

第4章 ビジュアルデザイン教育でわかりやすく伝えるちからを育てる 田中佐代子

第5章 夏休み子どもアート・デイキャンプの実践 太田 圭

第6章 表現と鑑賞が同居するワークショップ 林剛人丸

 

> 第3部 イメージとことばのつながりをひらく

第7章 共生する書写−子どもの国語力とアート 菅野智明

第8章 アートライティング教育 直江俊雄

第9章 美術の作品鑑賞を活用する−アメリカにおける小学校用の美術教科書 岡崎昭夫

第10章 子どもの芸術的なコンピテンシー−イメージとことばを相互作用的につなげる力 石葺a宏・王文純



あとがき
編著者・執筆者紹介



第8章 アートライティング教育 
直江俊雄 

はじめに

 アートライティング教育とは、美術に関する学習の深化・共有・定着を促すために、言葉による思考、とくに文章表現の過程を積極的に用いることである。本章では、アートライティング教育の振興活動である「高校生アートライター大賞」の取り組みを紹介しながら、アートによる育ちの新たな可能性について述べていきたい。

 高校生アートライター大賞は、筑波大学が2005年から開催している、美術に関するエッセイのコンテストである。応募者は、自分が作品をつくった体験をもとに書く「制作体験」、アーティストがつくった作品について書く「作品探究」、アートと人々の交流について書く「芸術支援」のいずれかを選び、自分とアートとのかかわりを2000字以内で表現する。2011年度に開催した第4回では、全国の高等学校から491編の作品が集まり、高等学校と大学の連携による美術教育の振興活動として、着実に歩みを進めてきた。

 本稿では、高校生アートライター大賞の企画運営に携わってきた立場から、本コンテストの基本構想や教育上の意義を述べるとともに、これまでの応募作品から数点をとりあげ、この取り組みの中で、高校生たちはどのように育ちつつあるのかを考える手がかりを示してみたい。

 

I 高校生アートライター大賞の構想と成果

1 基本構想

 高等学校におけるアートライティング教育を幅広い観点から支援することを通して、美術学習の新たな活性化、ひいては、この国の芸術環境の質的向上に寄与することを目指したい。高校生を対象としたコンクールや展覧会は、絵画などの作品制作の分野では多数行われているが、美術に関する論述の学習成果を顕彰する機会はほとんどない。これは、この方面への教育の関心の低さを示すものであると同時に、むしろ今後挑戦すべき課題であるともいうことができる。あわせて、近年指摘される我が国の子どもたちの文章の読み書き能力の低下にも、芸術として貢献できる可能性はないだろうか。

 筆者が2005年に実施した、全国の高等学校を対象としたアートライティング教育に関する調査では、学校での教育実践では、美術鑑賞文を書くことよりもむしろ、自分の作品制作の意図を書く学習がもっとも広く行われている活動であることがわかった。教師の意識としても、アートライティングの学習が鑑賞教育に資するのみではなく、作品制作の態度や作品の質の向上に貢献するととらえる傾向があることが明らかになった。アートライティングの効果に期待する回答が多く見られると同時に、限られた美術の授業時間では、作品制作の実技以外の時間を確保することが困難であるという認識も多数寄せられた。

 限られた美術科の授業時間数や、美術科目を開設していない学校の存在などを考えると、美術の授業時間内のみでなく、多様な機会に取り組めるコンテストという形は、一つの発展の可能性を秘めているのではないか。また、応募や受賞などによって、学校内での美術の新たな面からの地位向上に貢献することを期待したい。

 これらの着想を出発点に、高等学校での美術に関する論述の学習を奨励するコンテストの特色と内容を以下のように考えた。第一に、応募者である「アートライター」の定義である。ここでは、アートについて自分が経験したことを、文章を書くことなどを通して、わかりやすく人々に伝える人、と提案したい。職業としては出版物やメディアに記事を書いたり、その企画・編集に携わったりする人などが考えられるが、ここではそれに限定せず、アートに関して自分らしいこだわりや熱意を持ち、言葉の力によってアートと人々との関わりを進めていくことに夢を持つ高校生を育成していきたい。

 この立場には、美術批評の学習論の考え方が反映されている。教育における美術批評とは、美術に関する経験を言葉によって他の人々と分かち合う様々な活動であり、その目的は、単に名作のリストを記憶することではなく、美術に対して自らの独立した判断力をもった人間を教育することにある。その意味で、このコンテストには美術批評に関心のある生徒のみではなく、美術との様々な関わり方において、言葉で伝える力を伸ばしたい高校生への参加を呼びかけたいと考えた。

 第二に、高校生が美術に関する自分自身の体験に基づいて書くという原則である。美術作品やその現場に直接取材して自分の目で確かめることは、美術に関する論述活動の基本である。既に書かれた文章を読み、知識や視点を得ることは重要であるが、それのみで他人の見解をつなぎ合わせたような、実体験のない言論の教育は避けるべきである。美術批評の学習論においても、客観的な根拠に基づく事実の把握と、学習者独自の観点による解釈の試みの両面の結びつきを重視している。

 第三に、テーマ設定は応募者にまかせ、多様な取り組みが可能であるようにするとともに、これまで美術に関してまとまった文章を書く学習経験が少ないと思われる高校生や、彼らを指導する教員に対して、具体的な例に近いものを簡潔に示す方法として、三つの部門を設定した。すなわち、「制作体験」「作品探究」「芸術支援」である。以下の項で、この3種についての基本的な考え方を述べる。


(以下省略,見出しのみ)

2 募集部門とその取り組み方
 (1) 制作体験
 (2) 作品探究
 (3) 芸術支援
3 選考と結果

II 受賞作品から
1 作者と作品との相互作用
2 他者による異質な視点との葛藤

III 制作体験のアートライティングをどうとらえるか
1 投影モデルと相互作用モデル
2 芸術家の制作過程に見る相互作用モデル(1)
3 芸術家の制作過程に見る相互作用モデル(2)

おわりに