B.現在の祇園祭
高度経済成長期の昭和30年代(1955年〜1964年)には、東京などへ若者が流出したため、山車を引く人が不足し、 祇園祭は中断されてしまいました。しかし昭和40年代中ごろ、 もう一度地域で伝統的な祭りを行いたいと、吾妻庵の4代目が中心となり再開されました。 その努力のかいあって、1978年(昭和53年)には獅子3台、山車8台が繰り出す盛大なものとなりました。 現在では、土浦の夏の風物詩の一つとなっています。
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