「六甲風景幻灯機」(Phantasmagoria Machine of Mt. Rokko)は、立体造形と映像を組み合わせ特定の場所に設置するビデオインスタレーションであり、村上史明が展開する《風景幻灯機》シリーズの一作である。2025年の「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」公募部門に、応募総数389点中15点の入選作品の一つとして選ばれ、六甲山サイレンスリゾートに設置・展示された。同芸術祭は本年で16回目を迎える、官民連携による地方創生事業である。 本作は、接眼レンズを経由して望遠鏡のように内部をのぞき込む鑑賞形態をとる。鑑賞者は、眼前の実景と装置内部の映像とを見比べることになる。六甲山上に置かれた本作では、レンズの先に神戸の市街地から港湾、瀬戸内海までを一望する眺望が広がる。内部の映像は一見すると眼前の風景と同一に見えるが、次の瞬間には、巨大なソフトクリームやブロッコリー、空を舞う白い鳥、積み木で遊ぶ子どもといった非日常的な情景が立ち現れる。こうしてありふれた自然をあえて異化させ、日常に埋没した風景へ新鮮なまなざしを向けさせると同時に、現実と仮想を往復するなかで生じる人間の知覚構造そのものを問い直す。 「風景に対するまなざし」という主題は、セザンヌがサント・ヴィクトワール山について「農民は山を見ていなかった」と述べたように、ありふれた自然ほどその美的特性が見過ごされがちである、という認識に根ざしている。村上自身、神戸に生まれ六甲の自然に触れて育ちながら、県外へ移り住んではじめてその魅力に気づいた経験を持つ。さらに本作は、風景の異化をエコロジーへの思考へと接続する。六甲山系の磐座の伝承にみられる、動物・樹木・岩といった人間ならざるものを人間と対等に扱う古代の自然観を援用し、自然を支配の対象とする人間中心的な近代の枠組みを問い直す。これは、その枠組みが現代ではすでに適用困難になっているとするブルーノ・ラトゥールの問題意識とも響き合う。鑑賞者は眼前の風景との差異を通して、自然を人間と同等の価値をもつ存在として捉えるエコロジー的な視座へと導かれる。 技術面では、FRP、ステンレス、マイクロコンピューター、高精細LCDパネル、光学レンズ、コンクリート等を素材とし、本体は約80×35×100cm、重量は約100kgである。4ヶ月以上の屋外連続稼働においてもメンテナンスを要しない堅牢性を備え、高度な工学・情報技術と造形を統合した、屋外展示のメディア芸術として高い美的完成度を示している。地方創生に資するツーリズムの創出にも寄与しており、テクノロジーと造形を結びつけ、エコロジーをめぐる新たな現代的表現の可能性を切り開いた作品である。