本作は、水戸芸術館現代美術ギャラリーにおける「クリテリオム74」のために制作されたインスタレーションである。展示室には一台の対物顕微鏡が据えられ、鑑賞者はその接眼レンズを覗き込むことになる。標本を観察するときと同じ姿勢、同じ手つきが、この作品を鑑賞するための唯一の作法として要請される。
顕微鏡のプレパラート部分には、超小型かつ高精細のOLEDディスプレイが設置されている。鑑賞者は、そこに表示された映像を対物レンズによって光学的に拡大して観察する。像は電子的に引き伸ばされるのではなく、あくまでガラスのレンズを通過した光として眼に届く。それゆえ映し出されたものは、映像というよりも、そこに実在する微小な何かとして立ち現れる。
視野の中央には、当初、微かなシミのようなものが認められるにすぎない。それが何であるのかを判断することは難しい。やがて像は次第に拡大され、細部が像を結んでゆくにつれて、鑑賞者はそれが踊る人物——バレエを舞う一人の身体——であることに気付く。認識が転換するこの瞬間こそが、本作の中心をなす出来事である。
顕微鏡とは、近代科学が世界に向けてきたまなざしの装置にほかならない。観察する者と観察される者との間には、揺るぎない非対称性があらかじめ前提されている。本作は、その非対称性を保持したまま、観察される側の位置に人間そのものを据え置く。鑑賞者は、微生物を覗き込むのと寸分違わぬ仕草によって、自らが属する「人間という種」を眺めることになる。
バレエという、人間が身体をもっとも高度に様式化した営みでさえ、この倍率のもとでは繊毛虫の蠢きと判別しがたい。文化と生命との間に引かれていたはずの境界は、スケールの操作によってたやすく解消される。顕微鏡を覗くという行為は、ここでは対象を遠ざけ客体化するための身振りではなく、まなざしを折り返し、観察者自身をその視野の内側へと連れ戻す装置として機能している。
