本作は,筆者が茨城県常陸大宮市の旧美和中学校および日立市の日立駅の2箇所に設置した,望遠鏡型の映像装置によるインスタレーション作品である.鑑賞者が接眼部をのぞき込むと,視界には日立の海景が広がる.しかし注視を続けるうちに,現実には生起し得ない事象が風景のなかに出現しはじめる. 映像の典拠は,和銅6年(713)の官命を契機として8世紀前半に編纂された地誌『常陸国風土記』である.本作では,そのうち現在の県北地域にあたる久慈郡条に見える「カビレの高峰」(賀毘礼の高峰)の伝説を題材とし,文献に記された神話的出来事を実在の風景のうちに映像として再構成した.同書は現存する数少ない古風土記の一つであり,当該地域の古代の在地伝承を今日に伝える基礎文献である. 望遠鏡は,遠隔の対象を「あるがまま」に拡大して提示する光学的観測装置であり,そこで得られる像は一般に高い現実性を帯びたものとして受容される.本作はこの装置に対する知覚的信頼を前提としつつ,実景に基づく映像へ幻想的イメージを漸進的に導入することで,現実と虚構の境界を意図的に曖昧化する.この経験を通じて鑑賞者は,古代の文献に記された出来事が「実際にこの土地で起こったのかもしれない」という感覚を得るに至る.すなわち本作は,文献上の伝承を現在の風景知覚に重ね合わせることで,地域に伏在する神話的記憶を身体的・知覚的経験として再活性化する試みであり,設置地がいずれも伝承の伝わる県北地域に位置することが,映像内容と現実の場所との照応を支えるサイトスペシフィックな条件をなしている.
風景幻灯機/日立版
素材:FRP、 SUS304、A2017、木製三脚、コンクリート、IPS-LCD、マイクロプロセッサー、石英ガラス、スイッチング電源ユニット、ロボットケーブル サイズ:1400x750x1550mm + 海(風景)、ループ映像
JR日立駅
