2026年9月26日(土)・27日(日)、環境芸術学会第27回大会(大会テーマ「これも環境芸術」)が東京藝術大学上野キャンパスにて開催された。大会1日目の口頭発表において、村上研究室から渡辺実莉(博士前期課程)、ハー・チャウ・バオ・ニー(博士後期課程)、村上史明(准教授)の3名が研究発表を行った。各発表の概要は以下のとおりである。

複数の世界を制作するメディアとしての現代美術

発表者:渡辺実莉(筑波大学大学院 芸術学学位プログラム 博士前期課程)

本発表は、個人が抱える「複数の世界」を現代美術作品がいかに表現し、作品の外部へと作用しうるのかを、ネルソン・グッドマン『世界制作の方法』の観点から論じたものである。「複数の世界」とは、個人や地域、文化といった枠組みごとの固有の経験と、それによって形づくられる物事の捉え方を指す。芸術において世界の多様性は主に地域・人種・ジェンダーといった枠組みから示されてきたが、本発表は個人単位の「世界」に焦点を当てる。

事例として、発表者が2024年より展開するプロジェクト《Releasing Secrets》を取り上げた。匿名で募った誰かの「秘密」を拾った石にレーザー彫刻し、拾った場所へ戻す作品である。本作は、秘密を打ち明けるという心理的・個人的な行為を考古学的・地質学的なスケールへと移し替えるものであり、グッドマンのいう世界制作の方法のうち「変形」に当たる。秘密は感情の吐露から未来に遺す痕跡へと変わり、いま秘密を抱える痛みを和らげる可能性が生まれる。何を「未来に遺すほどの秘密」とするかに一人ひとりの世界の輪郭が現れることから、作品は秘密のあり方を変形して新たな世界を構築するメディアとなり、鑑賞者と参加者の双方に「複数の世界」を喚起しうると結論づけた。

キーワード:秘密、複数の世界、ネルソン・グッドマン

メディアをブリコラージュする——ベトナムのメディアアート、日本のデバイスアートを参照点として

発表者:ハー・チャウ・バオ・ニー(筑波大学大学院 芸術学学位プログラム 博士後期課程)

本発表は、ベトナムのメディアアーティストが、ありあわせの素材や道具でものをつくる「ブリコラージュ」(レヴィ=ストロース)を制作方法として発展させてきた過程を、日本のデバイスアートを参照点として明らかにしたものである。ベトナムのブリコラージュは、消費社会への抵抗を含意する欧米のDIY文化とは異なり、戦時の物資転用や戦後の物不足、現在も続く設備の欠如という必要から生まれた。生存のための工夫として始まったものが、やがて自覚的な芸術の方法へと変わっていったと発表者は論じる。あわせて、ベトナムのハードウェアへの志向は、禁輸と物不足の時代に日本などから輸入された中古電子機器を修理・再利用してきた文化に由来するという仮説を提示した。

9名のメディアアーティストへの半構造化インタビューと、展示の実地観察およびスタジオ訪問からは、「素材を隠さず提示すること」「身体を介して文化を取り込むこと」「作家間で協働してハードウェアを扱うこと」という3つの特徴が抽出された。装置そのものを表現とする点でデバイスアートと重なりながら、両者を生み出す過程は正反対である。ベトナムにおいて制約は克服の対象ではなく独自の方法の源泉となったのであり、本発表はメディアアートを設備の充実ではなく方法の独自性から捉え直す視点を、ベトナム、ひいては東南アジアの実践に向けて提示した。

キーワード:ブリコラージュ、デバイスアート、ベトナムのメディアアート

AIとエコロジー—スペクタクルの解体をめぐるアートの実践例

発表者:村上史明(筑波大学芸術系 准教授)

本発表は、アメリカ合衆国で顕在化したAIへの社会的反発を、ギー・ドゥボールのいう「スペクタクル」への反逆として診断し、ピエール・ユイグらによる同時代のエコロジカルなアートの実践を、スペクタクルの「解体」——厳密には内破(デトゥルヌマン)——として位置づけたものである。理論的視座にはブリュノ・ラトゥールのアクターネットワーク理論を据え、AIを人間と非人間を横断するアクタントとして捉えた。ここでいうエコロジーとは、自然を客体とする生態学ではなく、人間と非人間の「大分割」を前提としない関係の様式を指す。

データセンターをめぐる環境への抗議や、作家自身が学習素材とされる事態は、AIが中立的な道具ではなく、抽出し、隠蔽し、分離する全体的なシステムとして経験され始めていることを示している。これに対しユイグらの作品は、AIを拒絶するのではなく、その操作を代謝や偶発性に晒される生きた集合体のなかへと編み直す。たとえば《UUmwelt》では、人工ニューラルネットワークが生成する画像が、蝿や埃、環境センサーからなる環境へと差し戻され、自律した崇高な見せかけが再物質化される。本発表は、こうした解体をスペクタクルの構成要素に即した5つの操作として記述し、批判の担い手を分析者ではなく作品自身の操作に見いだした。そのうえで、規制や地図が応じうるインフラ的・政治的な不透明性に対し、それらの届かない知覚的・存在論的な層に働きかけ、政治の前提となる知覚の組み替えを担う点に、アート固有の役割があることを示した。 キーワード:スペクタクル、アクターネットワーク理論、メディアアート

各発表の梗概は『環境芸術 37(デジタル版)』(環境芸術学会、2026年9月20日発行)に収録されている。