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情報デザインとは何か II

木村浩

 

情報デザインの位置付け
 「情報デザイン」という言葉が指しているものには未だに曖昧さがあるのが現状だが、それ以前に「デザイン」という言葉自体、定着するのに時間がかかったようだ。  19世紀のヨーロッパにおいて工業化が進む中、大量生産のための原形を作る人やその職種が生まれたのだが、当時それを指す言葉がなかった。そこで、「素描」を意味するイタリア語の「disegno」やフランス語の「dessin」を語源とする「デザイン」という言葉がようやく誕生したのだ。いつの時代でも新しい言葉が認知されるには随分と時間がかかるもので、デザインという言葉もその例外ではなかった。
 その後、デザインという言葉とその指す内容は少しづつ明確化していき、一般化していった。そしてその過渡期の段階で、すでに情報デザインなる捉え方も生じ始めていた。

アイソタイプとピクトグラム
 情報デザインが必要とされる要因は、情報が膨大になったことが大きいが、他にも現代の社会や人々の意識が大きく変わってきたこともあげられる。電車、バスに飛行機など交通機関の発達の勢いもすさまじく、自家用車が贅沢品と言われたのももはや昔話である。人々の行動範囲も拡大し、国内だけに留まらず国際的となり、正にグローバルな状況になっている。ということは同時に言語や習慣の違う人々が交流する機会が日常的になってきていると言えるだろう。
 第一次世界大戦後のヨーロッパでは戦争の反省から、言葉が異なることが大きな問題であり、容易にコミュニケーションができる方法を検討する動きが生じた。そうした時期に、オーストリアの哲学者・教育者であるオットー・ノイラートは1925年に「アイソタイプ」(ISOTYPE:International System of Typographic Picture Education)を「国際絵ことば」として考案した。ウィーン市の社会・経済博物館の開設に関わったノイラートは、そこで数多くの展示パネルをデザインした。数値データを分かりやすく表示するため「ピクトグラム」(絵文字)を用いて視覚化したアイソタイプは、年齢や教育程度に左右されない理解しやすい表現として注目が集まった。しかし、視覚化にともない内包された民族色を払拭できず、その後の展開は進まなかったが、同時にピクトグラムの有効性は広く理解された。その結果、ピクトグラムが「ノンバーバルコミュニケーション」(言語以外の情報伝達)の要素として交通標識や交通機関などで使用されるようになっていった。現在のピクトグラムはアイソタイプから生れたのである。

アイコン
 我々が日常使用するコンピュータは「GUI(グラフィカルユーザインターフェース)」で操作できるようになっている。Macintoshはデスクトップにフォルダとゴミ箱を象徴とする概念を提示した。これは、異次元であるコンピュータ処理を日常的な感覚で把握し、操作できるようにしたものである。  GUIの最初とされるのが'73年に登場した「ALTO」である。ゼロックスのパロ・アルト研究所で制作されたALTOは、子供にも扱えるコンピュータとして開発されたもので、「WYSIWYG(ウィジウィグ)」を体現している。WYSIWYGとは「What You See Is What You Get」の略で、直訳するなら「あなたが見ているモノを、そのまま手に入れることができる」という意味である。モニタに表示されたイメージとプリントアウトしたものは、ほぼ同じ結果になるいうものである。その頃に使われていたコンピュータは、モニタ上で書体やサイズの概念を持たないテキストを表示するもので、操作といえばコマンドの入力が主であった。
 日常生活の中で標識などに使用する絵文字はふつうピクトグラムと呼んでいるが、コンピュータ操作で使用しているグラフィックシンボルは「アイコン」と呼ぶ。アイコンとは、ギリシャ語で図像の意味をもつ「イコン」を英語読みしたものである。イコンとは元来、キリスト教の宗教画に表現された聖人や聖母、キリスト像などの偶像を指した言葉で、中世の美術用語であった。20世紀でも現代美術やポップアートでの美術評論で「類似記号」という意味合いで使用されている。コンピュータ処理という別世界を把握するために、コンピュータのデスクトップ上に日常の概念を擬似的に置き換えることから、ピクトグラムではなくアイコンと呼んだと思われる。  とはいえ、アイコンもピクトグラムも共にグラフィック・シンボルであり絵文字である。

サイン計画
 男女のシルエットのピクトグラムでトイレの場所がわかり、たばこに×印のついたピクトグラムでここでたばこを吸ったらだめなんだということが理解できる。このようにある環境や空間での行動にともなう判断を手助けする情報提示を「サイン計画」という。これは主に視覚的なシグナル(サイン)を配置して行動を正しく導くことを目的としたデザインのことで、人と物と情報のコミュニケーションを図るデザインのことでもある。交通機関や公共施設の誘導や案内をする標識などは総合的な視点から計画され配置されている。こうしたサイン計画も情報デザインに含まれる。段落冒頭に例をあげたピクトグラムは良く見かける物だが、これらは'74年にアメリカ運輸省がシンボルの国際統一化のためにまとめたピクトグラムである。アメリカ・グラフィック・アーツ協会の協力により作成されたこれら34のシンボルサインは、著作権フリーで公開され広く使われている。日本ではこのアメリカ運輸省のピクトグラムを使ったり、デザイナーが独自に作成したものを使ったりとまちまちになってしまっているのが現状だ。しかしようやく最近になって運輸省は2002年サッカーワールドカップを契機としてピクトグラムの策定を進めている。

情報デザインの役割
 ピクトグラムはこれまでの社会においては有効に機能し、わかりやすく便利な環境整備に寄与してきた。しかし、社会がより複雑になった現在、多様化する要望に答えるためにか安易にピクトグラムが作成されてしまっている。そのために、ピクトグラムを認識するために学習を必要することが多く、さらに文字で意味を補完する例も出てきた。学習が必要ならばピクトグラムではなくて文字で表示する方がより確かになる。このことはコンピュータのGUIでもいえ、ショートカットやコマンド操作を行う方が手っ取り早い。また、ピクトグラムは特定のシンボルを用いることから問題も生じる。車椅子に座った人をデザインした身障者マークは広く普及しているが、車椅子を利用する身障者は一部であることから疑問視する意見も多い。
 ピクトグラムは元来ノンバーバルコミュニケーションとしてその機能を果してきたが、新たな次の提示が強く求められている。その提示を行なうことが情報デザインに課せられた役割の1つだと筆者は考える。

 

2000年9月

 

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筑波大学芸術学系木村浩研究室 > study > 情報デザインとは何か
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