高坂 一之(たかさか かずゆき)
研究題目:「透層の調査と実使用」作品及び研究報告書
作品「英雄の亡骸 」/油彩・キャンバス/364×227cm
研究報告書概要

序章

17 世紀オランダ絵画の透明感が関心事となり、それらの技法調査を通して透層の適用を自己作品へ展開し表現領域の多様性を広めることを目的として研究をはじめた .

透層に関する参考文献は ,A.P.Laurie の「 The Painter's Methods and Materials 」、ラングレーの「油彩画の技術」、 M ・デルナーの「絵画技術体系」、 Ernest Van De Wetering の「 Rembrandt 、 the painter at work 」などで、透層に関する部分の記述、図版、データを抜き出し比較し、それらをまとめて体系化し、又今後の技法を具体化する。

透層(ラズール Lazur )とはドイツ語圏で「透けて下層が見える有色の塗り」と言い、フランス語で glacis ( グラッシ ) 、英語で glaze ( グレーズ ) という。明治期には透明重層という訳語があり、透明有色層と下層描きの組み合わせで、透層は下層から戻った光の一部を取り去り色調やヴァルールを微妙に変化させる。(デルナー「絵画技術体系」)

透層については、下層の作り方、白色浮出、上層の絵の具や溶材のいろいろな組み合わせのレポートがあり、特に 1921 年のデルナーの多大な影響を与えてきた論述に対して、オランダのレンブラント・リサーチ・プロジェクトのウェータリングの科学的分析によるレポート( 1997 年)を比較する。

17 世紀オランダ絵画のうちライスダール、レンブラントの代表作品を調査し、その技法を現代の材料で近似し、模写(レンブラント『ユダヤの花嫁』)を通して技法をまとめそれをもって、自己作品(平成 16 年度  MC 展作品、修了作品)への適用の一助とした。

17 世紀オランダ絵画の透層とその技法

透明物体の光学特性は、光の屈折率と透過率をもって表す。又、透層の度合いは、顔料と媒材との屈折率の差が少ないと増加する。

通常、顔料はリンシードオイルよりも屈折率が高い。その差を少なくするためダンマル樹脂、ヴェネツィア.テレピンなど数%の貢献ではあるがこれらを加えて溶材の屈折率を高め透明度を増す。

ローリーによればリンシードオイルは経年変化で劣化し、トーンが落ちる分は、屈折率が増加する分で相殺して輝きを保つ。

油や樹脂などいろいろな展色剤で練り合わせた色は、光の屈折が変化し、この物体の透過性が高まるほど、深層光を示す。深層光の場合、光は絵の具を通り抜けて行きそして再び眼に戻ってくる。このように往復することによって、弱光と濃厚さが生じる。

色調のかさねでプリマ画より光学的に、より明澄性と輝度力が高まる 。 

デルナーはレンブラントの作品について“白色浮出の上に透過性の透層調子の諧調を作っている。間違いなくヴェネツィア松脂と濃縮油とマスチックの樹脂を含む溶材による(レンブラントの弟子ホーグストラーテンが確認している)。 硬めで粘性のあるワニスの速乾性を画面のテクスチュアに利用し、絵の具に刷毛目をつけているのが見出される。”と論評する。

ウェータリングはデルナーの 1920 年代の表面観察と模写に対し、科学的分析手法を採り入れ、プロテインの存在などの新事実を見つけ出した。 『ユダヤの花嫁』の輝く赤いスカートの化学分析では、デルナーの言う樹脂ではなくリンシードオイルが主であると実証した。また男性の袖の白のインパストのサンプルを使い、熱分解での有機物分析や質量分析によって、リンシードオイルの確認に加え、プロテインすなわち卵を検出した。 これはエマルジョンの使用を示し、テクスチュア作りのためではなかったかと思われる。エマルジョンは筆跡を残しやすいとある。

自己に適用する技法のまとめ

これまでの調査と実使用の結果、当面の透層の描き方は;

下地層には白色テンペラ・白色絵の具(シルバーホワイト)をつかう。マチエールも作る。これらはローリーやウェータリングの下層をいかに明るく作るか、又非吸収性のテンペラが透層の下層には一番であると言われているにことに基着く。

上層にはダンマル、スタンドオイル、ヴェネツィアテレピン、テレピンの溶材を下地が乾いた後に、グレーズする(混合比はマイヤーの 9:4:2:9 を基本とする)。 ダンマル樹脂やヴェネツィア・テレピンは透明度に加え、艶出し効果もかねる。

透層の効果を高めるため、複数回繰り返す。

作品への適用

右頁の作品「英雄の亡骸」 364 x 227cm 、油彩、キャンバス、は上記の描き方を実施したものである。 つくば市玉取にある、一ノ矢神社の樹齢 800 年余の枯れた欅の大木をモチーフに、その堂 々 たる“英雄”の如きの姿、ごつごつした木のこぶの形の面白さ、木の枯れて朽ちた内側、剥がれ落ちる樹皮など“亡骸”の様子を透層技法と白色顔料と白テンペラのインパストでマチエールをつくり、強さとリアリティーを狙って描いた。 暗い部分の透層の調子は深みを出すため、そして地面の 落ち葉などは絵の具の塗り方で変化をつけた。



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