日本サイエンス・ビジュアリゼーション研究会
イベント
2012年1月

繊毛虫には小核と大核の2種類の核をもつ

出題:
沼田治

専門領域:
細胞学

イラスト制作:
Sittiphan Jiyavorananda / 大図岳 /
河崎優香 / 阪口祐子 / 中野文枝 /
松島亜美 / 渡辺瑠花


目的:オープンキャンパスや他大学での集中講義、筑波大学の授業で使用
対象:生物に興味を持つ高校生や大学生
サイズ : A4横位置・カラー(スクリーンに映写して使用)

問題

「テトラヒメナやゾウリムシなどの繊毛虫には小核と大核の2種類の核をもつ」ことを紹介するイラストを描いてください。2種類の核を持つ生物は広い生物界の中で繊毛虫類だけです。テトラヒメナ(Tetrahymena thermophila) は原生生物界、アルベオラータ門、繊毛虫亜門、貧膜口綱、膜口亜綱、ミズケムシ目に属する体長50μm、幅30μmの単細胞生物で、体表にある多数の繊毛によって遊泳運動を行っています。テトラヒメナの大核は直径約10μmで細胞の中央に存在します。小核は直径約1μmで大核の表面にあるくぼみにはまり込んでいます。


テトラヒメナの説明

小核は二倍性のゲノムを持ち、5対の染色体を持っています。生殖核として接合のときに遺伝子の組み換えと新大核の形成に関与します。無性的に増殖する時期には遺伝子発現を全く行っていません。小核の核膜には核膜孔が存在し、核内にはヘテロクロマチンが存在し、核小体などの構造は見られません。大核は小核の単相ゲノムの45~50倍のDNA量を持ち、栄養核として遺伝子発現の場となっています。大核表面にも多数の核膜孔が存在し、細胞質と大核との物質交換を行っている。核膜直下には多数の球状の核小体が存在しています。クロマチンは断片化しており、遺伝子発現の活性が高いことからユークロマチンとして存在すると考えられています。

図1 テトラヒメナの小核と大核

左の図では小核と大核を赤く染まる色素で染色しています。大核のへこみに小核がはまり込んでいるのが分かります。真ん中の図は細胞の表面にある繊毛を構成しているチューブリンというタンパク質を蛍光抗体法で染色しています。また核は青く染色されています。右側の図は小核と大核の働きをの違いを示したものです。無性的に増殖しているテトラヒメナでは小核の 遺伝子は全く発現しておりません。一方、大核では盛んに遺伝子発現が行われており、mRNAが大核から細胞質に運ばれ、細胞質のリボソーム上でタンパク質が合成されます。

図2 接合中の核の変化

テトラヒメナを飢餓状態に置き、(1) 接合型の異なる細胞を混ぜると接合対を形成します。(2) 接合対では小核が減数分裂を行い4個の半数性の核が生じます。そのうち1つが選択され、残りの3個の核は退化します。(3) 残った核は分裂(prezygotic mitosis)して移動核(migratory pronucleus)と静止核(stationary pronucleus)となります。接合対は移動核を交換します。(4) 交換された移動核と静止核が融合して二倍性の生殖核(fertilization nucleus)を形成します。(5) 生殖核は2回分裂(postzygotic division)して、4個の核が生じます。(6) 前方に移動した2核は大核に分化し、後方に移動した2核は小核になります。大核分化が始まると親世代の大核は退化します。(7) 接合対は離れ、新たな世代の細胞が生じます。


図3 接合中の核の挙動

大核に分化する核ではDNA量が著しく増加するとともに、DNA配列の15%が欠失し、さらに5本の染色体は200~300本の20~1500kbの短いDNAに断片化します。このようなゲノムの著しい質的変化をゲノム再編成(genome rearrangement) と呼びます。特にrDNA (rRNAの遺伝子) は大核あたり1万コピーまで増幅します。


図4 大核分化中の接合対

小核と大核の違いはその分裂様式に顕著です。細胞分裂期になると、小核は細胞表面近くに移動して、核分裂を開始します。小核の核膜は崩壊せず、核内に紡錘体を形成して5対の染色体を娘核に分配する有糸分裂を行います。一方、大核の分裂は染色体や紡錘体が形成されず、核が引きちぎられるように分かれる無糸分裂です。最近、大核分裂中に大核内微小管がダイナミックな構造変化をすることが分かりました。分裂期に入ると大核内に微小管が出現し、γ-チューブリンは微小管上に散在します。次に、大核の中央にγ-チューブリンが集まり、微小管は放射状に並びます。微小管が横方向に伸長することにより大核は楕円形になります。さらに伸長した大核の中央部にくびれが生じ、くびれの進行によって大核は2つに分裂します。γ-チューブリン遺伝子をノックダウンすると大核分裂は異常になるので、γ-チューブリンは大核分裂に不可欠であると考えられています。このような大核内微小管のダイナミックな構造変化と、断片化した染色体の分配機構にはモータータンパク質が働くと考えられていますが、その詳細は不明です。

図5 大核の分裂と小核の分裂