日高研究室 研究活動 English
歴史の中の建築:研究と保存
INDEX
@イタリア・ルネッサンスの建築書研究、建築理念および様式論の研究
Aユスティニアヌス帝期を中心とする初期キリスト教建築と古代ローマ建築の関係
C古代と中世における地中海域の建築石材の同定、特性、利用に関する研究
E地中海と中東における古代から中世の異文化交流と建築文化の展開
F歴史的建築物、都市環境の保全、修復、活用に関わる理念と国際協力
G世界遺産条約の特性と適用に関する諸問題、特にアジア、中東地域における世界遺産の保存と活用
@イタリア・ルネッサンスの建築書研究、建築理念および様式論の研究
イタリア・ルネッサンスの建築家、人文主義者は、建築を科学と芸術の位置領域として位置付け、建築に関わる理念的、様式的、技術的考察を建築書として著した。 ルネッサンス建築史の研究にとって、書物ないし手稿として残るこれらの建築書の研究はきわめて重要である。レオナルドの手稿AとK.フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニのトリノ手稿については、すでに研究にもとづく翻訳を刊行した。現在、フィラレーテの『建築書』の翻訳を進めつつ、建築理念、様式(オーダー)論、職能とパトロネージなど多様な視点から分析と考察を加えている。ルネッサンスにおける古典様式理解の特性という視点から、ウィトルウィウスの『建築十書』および同時代史料や現状から知られる遺構のオーダーとルネッサンスの作例の比較検討も進めている。
Aユスティニアヌス帝期を中心とする初期キリスト教建築と古代ローマ建築の関係
ユスティニアヌス帝期(6世紀)は古代と中世という大きな時代区分をつなぐ重要な時代であり、建築史においても、これら両期を結ぶ過渡期として興味深い研究課題に満ちている。古代ローマ建築の遺産がどのように初期中世建築に受容され、またその過程で変容していったか、という課題を基本として、教会堂建築における伝統的なバシリカ(長堂)形式から集中形式への移行、エクセドラ(弧状柱廊)あるいはペンデンティヴ(ドームを支持する曲面三角構造)による空間の多様化、さらに首都コンスタンティノポリス、総督都市ラヴェンナ、帝国辺境域における建築形式と技術の比較など、現地調査と文献研究の両面で、複合的に研究を進めている。プロコピウス著『建築について』に関する史料研究も進めている。
次のハギア・ソフィア大聖堂に加え、サン・ヴィターレ聖堂(ラヴェンナ)、ハギイ・セルギオス・カイ・バッコス聖堂(イスタンブール)など、現存する重要建築とともに、新領域であるビザンティン考古学の成果を建築史的に広い視野から解釈する試みにも取り組んでいる。
上記Aの個別研究として、日本学術振興会の日本トルコ国際共同研究、文部科学省(旧文部省)の科学研究費(国際学術研究、基盤研究)の助成を受けて国際チームを指揮し、1990年から継続してハギア・ソフィア大聖堂(現アヤソフィア博物館、イスタンブール)と関連建築の現地調査を行ってきた。同大聖堂はビザンティン建築として最大・最美の会堂であり、その現状の記録、モニタリング、構造解析、劣化状況の分析、修復・補強案の提示は大きな学術的、文化的意義をもつ。
修復・補強案の提示はなお今後の課題であるが、写真測量による曲面構造の一連の高精度等高線図が完成している。数度にわたるドームの崩落と再建による変形、支持構造の特性と外傾、堂内約100本の円柱の傾斜と構造的変形、亀裂の季節変動特性等々、長期間の観測と調査によってのみ得られる重要な基礎データの解析と結果の可視化が進んでいる。
2001年3月には、本項目に関わる研究成果国際報告会を開催、現在大部の研究成果報告書を準備中である。これまでに公開されたハギア・ソフィア大聖堂関連の研究成果は、1960年代のアメリカ隊以降、最新の技術を用いた初めての詳細実測調査として高い評価を受けている。堂内の上部構造は今回の調査によって初めて等高線図として記録され、デジタル・データによる解析も進められた。大判の実測図面は、ドイツ考古学研究所(イスタンブール)、ダンバートン・オークス研究所(ワシントンDC)、アメリカン・アカデミー(ローマ)など、海外の著名研究機関に貴重資料として所蔵され、関連の専門研究に大きく貢献している。
C古代と中世における地中海域の建築石材の同定、特性、利用に関する研究
石ないしれんがを積むという基本作業の制約と可能性の上に築かれた地中海域の建築文化の理解にとって、石材の切り出し、運搬、加工、施工に関する知識と研究は欠くことができない。イタリア人研究者(建築材料学、岩石学)との共同研究として、大学院生を派遣して研究交流を深め、研究と同時に石材分析の専門研究者育成にも力を入れている。
古代末から近世にかけて、スポリア(遺跡からの石材転用)は貴重な石材入手の便法であった。近年、スポリアに関する研究が進み、石材の自然科学的分析手法を効果的に活用することによって、建築史に関わる新たな事実や解釈の提示が可能となってきた。さらに、石材研究は、石造、組積造建築物の劣化診断と修復に関する基盤研究としても重要である。2003年は、岩石と組成、建築と美術の歴史、採石・加工と輸出入の三部門からなる「日伊
石ないしれんがを積む技法としては、、形状複雑にして施工が困難であるにもかかわらず、ドームの起源は古く、構法、断面形状、規模、支持構造には、地域と時代によりきわめて多様な作例と工夫が見られる。二方向に曲率を持つ、この複雑な曲面構造は、軸性や集中制を生む空間として、時代と地域を代表する重要な大建築に導入され、象徴的意味を伴って発展してきた。共同研究者とともに有限要素法による構造解析を援用し、工学と歴史の両面から、現地調査にもとづいてドーム構造の系譜、変遷を考察している。各時代の技術的可能性に挑戦した往時の建築家の視点にたって、大規模な構造の生成、伝播、変化、系譜を体系化したいと考えている。
E地中海と中東における古代から中世の異文化交流と建築文化の展開
6世紀の地中海と中東では、ビザンティン、ササン朝ペルシャ両帝国が対峙しつつ文化、芸術の交流、相互影響が進んだ。さらに、8世紀に拡大した初期イスラム文化がこの異文化融合に加わり、建築史に関しては、形態、造、構法、空間、材料、装飾のすべてにわたって、従来の古代、古代末期、初期中世という様式論では十分に説明できない多様な作例が登場する。別個の研究領域として分立していたビザンティン建築史、ペルシャ建築史、イスラム建築史を、架構技術、風土(立地、材料)、空間特性に注目して再検討し、具体的事例に従って広大な異文化交流の実相に位置づける作業である。
F歴史的建築物、都市環境の保全、修復、活用に関わる理念と国際協力
人類が共有すべき知的遺産としての文化財を保護する意義は大きく、特に、移動不可能な建築と都市の保存には課題が多い。政治、経済、風土、宗教、建築材料全般にわたる地域的特性の理解は重要であり、比較的均質な文化構造を基盤とする西欧型保存理念をそのままアジア、中東地域の建築文化遺産に適用することはできない。イコモス日本国内委員会委員としての活動と平行して、開発と観光、保存と活用、実測と劣化分析手法の体系化、各国の文化財保護制度の比較研究など、建築と都市の保存に関する幅広い主題を研究している。
G世界遺産条約の特性と適用に関する諸問題、特にアジア、中東地域における世界遺産の保存と活用
世界遺産条約による指定は対象物件の保存と活用にどのような影響を及ぼしているかを基本課題とする研究。前項の個別研究でもある。当該国の文化財保護制度とユネスコによる主導の問題、発展途上地域における自立的発展とグローバル化、「危機に面する世界遺産リスト」の役割と意義、バッファー・ゾーンと景観保護等々、世界遺産を巡る理念、実態、背景を条約関連の実務者の協力を得ながら考察、分析している。